第77話、水上部隊、遭遇
ジェームズ・F・サマヴィル中将としては、あわよくば、我が空母グローリアスを沈めた独戦艦『シャルンホルスト』『グナイゼナウ』のように、砲戦距離まで詰めて敵空母を追い回したいと思っていた。
だが現実にそれは期待薄であることも理解していた。天候の助けがあって、敵がこちらを発見できない――そういったちょっとした運に恵まれる必要がある。だがそんなものは人間がどうこうできるものではない。
そもそも、空母は足が速いと相場が決まっている。かつては高速戦艦だったクイーン・エリザベス級戦艦でも、今では並。さらに鈍足のR級戦艦を抱えていれば、なおのこと敵空母を捕捉するなど夢物語に思えた。
……今、サマヴィルら東洋艦隊が追っている日本空母が、商船改造の低速艦を含んでいることを彼らは知らない。もし知っていたら、この突撃に対する兵たちの士気も変わっていたに違いない。
自分たちよりもさらに低速の空母の寄せ集めならば、シャルンホルスト、グナイゼナウの再来とばかりに怒濤の進撃を行っていた。
だが現実に、東洋艦隊が日本空母を目撃できる距離まで踏み込むことはなかった。
彼らの前に、強力な護衛が立ち塞がったからである。
『戦艦3、重巡洋艦2、軽巡洋艦2、駆逐艦7が、A部隊に接近中』
水上偵察機は、日本艦隊の陣容を伝えた直後、一式艦上戦闘攻撃機によって撃墜された。
日本海軍の水上打撃部隊の戦力を耳にし、サマヴィル中将は口元を引きつらせた。
「何とも言葉に困るな」
敵が、こちらに合わせて水上部隊を繰り出してきたのは僥倖。……最悪、航空攻撃が先に来る可能性もあったが、いざ敵戦艦が出てくるとなると、また違った感情がよぎった。
数の上では微妙に、日本海軍のほうが多い。
A部隊の戦力は以下の通り。
●A部隊(東洋艦隊):ジェームズ・サマヴィル中将
戦艦 :「マレーヤ」「レゾリューション」
空母 :「フォーミダブル」
軽巡洋艦:「ニューカッスル」「カレドン」「エンタープライズ」
駆逐艦 :「デコイ」「フォーチュン」「フォックスハウンド」「グリフィン」
:「ホットスパー」「ネスター」「ノーマン」「パラディン」「パンサー」
「インド洋にきた日本海軍がどの程度のものか……」
「前回のナグモの機動部隊であるなら、戦艦はコンゴウ型でした」
参謀長は発言した。
「コンゴウ型なら4隻のはずですから、3隻という数にさして違和感はありません」
日本海軍の戦艦は金剛型を除けば、2隻ずつで一つの艦型を構成させている。高速の空母部隊に随伴するのであれば、日本海軍の戦艦の中でも速度がある金剛型という編成は、ある種正しい。
「そして金剛型であれば、火力と装甲で、我が方が有利です」
クイーン・エリザベス級『マレーヤ』、R級戦艦『レゾリューション』の主砲は42口径38.1センチ砲である。金剛型の45口径35.6センチ砲よりも、パンチ力に勝っている。
それに金剛型は、日本海軍が最後にイギリスに発注し建造した戦艦。否、巡洋戦艦だ。ユトランド沖海戦前の設計であり、その後に装甲は強化されただろうが、1ランク上の打撃力に対する防御性能には不安があるだろう。
かの海戦での巡洋戦艦の轟沈――それが再現される可能性は充分にあった。
「敵艦隊、速力およそ28ノット。本艦隊に向かってきます!」
レーダーで確認された情報が、司令塔に響く。参謀長は薄らと口元を緩めた。
「28ノット! コンゴウ型で確定でしょう」
日本の主力である長門型、伊勢型の速力は25ノットだ。速力で正体が明らかになった――相好を崩す参謀たちだが、サマヴィルだけは眉間に皺を寄せた。
その決めつけは早計ではないか。
日本にも新型戦艦がある。それが出てくる可能性もあるのではないか。
ロンドン海軍軍縮条約以後も、軍縮を続けたかったイギリスだったが、日本とイタリアは早々に条約から降りた。
無条約時代に入り、各国は新戦艦の建造を行った。軍縮を続けるつもりだったイギリスは、主砲を14インチ=35.6センチ、排水量3万5000トンの設計を進めていたが、設計変更の時間もなく、キング・ジョージⅤ級という新型戦艦を建造した。
アメリカもまたノースカロライナ級戦艦を作り、イタリアはリットリオ級、フランスはリシュリュー級を海に浮かべた。
軍縮条約から脱退した日本が新型戦艦を作らないはずもなく、なお条約の枠外の強力な戦艦を建造したのは疑いようがない。
そしてそれをインド洋に派遣することもあるのではないか?
新型戦艦はアメリカ相手に使うのではないか、とも思えるが、あちらは太平洋艦隊の戦艦群が壊滅し、新型戦艦は大西洋だ。
空母部隊が幅を利かせている現状。太平洋に新戦艦に出番がなく、それならば実戦経験を兼ねてインド洋に派遣してきたのではないか。
嫌な予感である。だが、有り得なくはない。
そしてもし、今こちらに向かっている日本戦艦が新型戦艦だった場合、確実に言えることは、その主砲は16インチ=40.6センチ砲であることだろう。
大口径砲を好む傾向にある日本海軍が、まさか長門型以下の砲を採用するはずがない。であれば、クイーン・エリザベス級、R級戦艦の優位は薄れる。
「気に入らないな」
サマヴィルは呟く。しかしここまできて、逃げるという選択肢はない。大英帝国の軍人は、敵を前にして戦わないことはあり得ないのだから。
・ ・ ・
「敵戦艦はR級の模様!」
日本海軍特破遠征艦隊旗艦『肥後』。その艦橋にもたらされた報告に、司令官の佐々山 久雄少将は片方の眉を吊り上げた。
「R級か」
リヴェンジ級という低速戦艦である。速力がアメリカの第一次世界大戦期の主力戦艦と同程度であり、砲こそ38.1センチ砲と強力ではあるが、特破隊の新戦艦には、やや物足りない。R級の姉妹艦である『ロイヤル・ソブリン』を先日沈めたばかりだから余計にである。
「向かってくるからには、沈める他にない。『肥後』と『愛鷹』は敵一番艦。『土佐』は二番艦を狙え」




