第76話、東洋艦隊、北上す
「目標、イギリス空母!」
第一次攻撃隊総隊長、内田ハル大尉は、自身が率いる中隊に攻撃目標を出した。
F部隊に配備された空母は『イラストリアス』、『インドミタブル』の2隻だった。
イラストリアス級航空母艦1番艦と4番艦。そして東洋艦隊には3番艦の『フォーミダブル』もいる。
これらイギリスが誇るイラストリアス級は、世界初の装甲空母といってもよい防御力を有する空母だ。
「搭載数を犠牲にして得た防御力か」
内田は口元を緩める。
飛行甲板に一撃を食らえば、艦載機の発着艦に支障が出る、最悪使用不能になるという弱点を抱えるのが空母である。
だが、このイラストリアス級は、基地航空隊による爆撃でもし奇襲されても航空機の運用に支障が出ないよう、甲板の防御力を高めた。
英軍は今では順次レーダーが装備されつつあるが、これが建造された頃は、そうしたものがない状態であり、その上で飛行甲板の防御を張り巡らした。
だが面白いのは、この装甲防御が、飛行甲板全体を守っているというわけではないことだ。
内田は、戦前、世界の空母の構造についての講義を受けた。特破隊のボスである神明 龍造大佐は、各国の軍艦の艦艇に詳しく、航空機による攻撃をかける際の注意点やポイントを中隊長クラスに解説した。
イラストリアス級もその中に入っていて、たとえば全体重量の21.3パーセントを装甲重量に使っているという話や、飛行甲板の装甲化というより格納庫全体を装甲で覆っているのが正しいと教わった。
ボックス型格納庫。その装甲に囲まれた格納庫、天井部分をそのまま飛行甲板に使っているから頑丈であって、飛行甲板の装甲は、そのボックス型格納庫以外の部分の38ミリとなる。なおそのボックス部分の天井と床はそれぞれ76ミリの装甲があって、1000ポンド=454キロ爆弾の急降下爆撃に耐えるように設計されている。
主要部分は、日本海軍の九九式艦爆の250キロ爆弾では貫けない。
――まあ、そんな硬い部分を狙う必要もないが。
「攻撃用意――投下!」
誘導照準器で、目標のイラストリアス級を捉えつつ、内田は号令を発した。九八式艦偵が誘導滑空魚雷を投下する。
およそ10キロメートル離れた距離からの攻撃だ。イラストリアス級空母は、爆撃に対して装甲で防ぐと共に、11.4センチ連装高角砲8基、2ポンド8連装ポンポン砲、20ミリ連装、ならびに単装機銃を多数搭載し、対空砲火でも敵機を阻むよう作られている。
つまり、接近するのは危険な相手ということだ。被弾を避けるなら、せめて機関砲の射程の外から攻撃するのである。
ロケットで速度を稼ぎ、目標近くまで滑空して接近する魚雷。対空機銃をよそに着水と共に尾部が割れ、スクリューが露わになると海中を走る。一度沈み、そして誘導された魚雷は、艦底を突き破るように浮き上がり、そして命中した。
『イラストリアス』、そして『インドミタブル』は下から突き上げられるように海面からわずかに飛び上がった。
かと思えば、今度は落下して海面に叩きつけられる。そして割れた。艦体に亀裂が走り、そして複数の魚雷の命中によってズタズタに破壊されると、ボックス型格納庫がなまじ堅固だったために艦体に余計なダメージが入り、それが致命傷になった。
英海軍の主力装甲空母2隻は、飛行甲板の装甲と関係のない部分からの攻撃で破壊され、沈没した。
・ ・ ・
A部隊こと、東洋艦隊は、空母『フォーミダブル』から索敵機を出しつつ、北上していた。
マダガスカル島にまでやってきた日本海軍の艦隊と戦うためである。
「我々は警戒部隊だからね」
ジェームズ・サマヴィル中将は皮肉げな顔になった。
「本来は、我々が第一撃を食らわねばならなかった」
F部隊と上陸船団を先に叩かれるというのは、警戒部隊に『無能』の烙印を押すに等しく、甚だ不愉快であった。
旗艦、戦艦『マレーヤ』は、僚艦『レゾリューション』、空母『フォーミダブル』、軽巡洋艦3、駆逐艦9を率いて突き進む。
戦艦『マレーヤ』は、クイーン・エリザベス級の1隻である。5隻あった同級は、まず『バーラム』が沈み、今年2月に『ウォースパイト』もまた潜水艦によって撃沈された。
ネームシップの『クイーン・エリザベス』と『ヴァリアント』は、イタリアの人間魚雷の工作によって大きなダメージを受けて、修理中。
僚艦が揃って、海の中の敵によってやられた中、唯一稼働していたのがこの『マレーヤ』である。
輸送船団の護衛でアフリカ南部まできたのが幸か不幸か、戦力増強を求めていた東洋艦隊に編入された。
「提督、F部隊からの速報ですが、船団は壊滅的損害を受けたようです」
参謀長が顔を曇らせつつ続けた。
「空母『イラストリアス』大破、『インドミタブル』が沈没。護衛の艦艇にも大きな被害が出ております」
初回の通報では、敵は約200機の大航空隊だったという。それだけの航空隊を海上で運用するのは日本海軍の機動部隊のみである。
しかし、東洋艦隊司令部はもちろん、英艦隊は日本海軍の機動部隊がインド洋を西進しているという情報はまったく受けていなかった。
セイロン島を襲った南雲の機動部隊は帰ったのではなかったのか? 司令部幕僚たちも皆同じ思いをいだいていた。これでは情報部の怠慢ではないか。
「パールハーバーアタックの再来、か。港で居眠りしているところではなく、白昼堂々、洋上でやられたわけだ」
サマヴィルは、どこか他人事のように言った。
参謀長は、そこで例をあげるならマレー沖海戦のほうが、とも思ったが、『プリンス・オブ・ウェールズ』、『レパルス』の沈没はある種のトラウマになっているところもあって、言わなかったのだろうと察した。
「提督、敵は複数の空母を有する有力な機動部隊です。我が方にはいささか不利ではありませんか」
「だからと言って、ここでエスコートの役を投げ出すわけにはいかないだろう」
サマヴィルは真顔で言った。
「戦場では相手を選べない。――なに、まったく勝算がないわけではない」
日本軍がF部隊と船団を全力で殴りにいった分、その大航空隊が戻ってきて収容作業をし、再度攻撃隊を放つまでに数時間を要する。その間に、A部隊は敵艦隊に対して突撃し、再度の攻撃隊を出される前に叩くのだ。
……もっとも、敵の正確な位置は掴めていないのは問題だが。
だがいるのは間違いない。日本軍の航空機は海から生まれたものではないのだから、そこに空母は必ずある。問題は東洋艦隊の足で捕捉できるかどうかだ。
しかし近づかないことにはどうにもならないのも事実だ。大体の方向を頼りに目隠しして進むしかない。




