第67話、ドゥーリトル爆撃隊、発艦
日本海軍の中で、この時期もっとも米空母の日本本土空襲を不安視していたのは、連合艦隊司令長官である山本 五十六大将だったであろう。
大本営海軍部もまた、本土への空襲を懸念はしていたが、山本長官ほどではなかった。
日本本土、とりわけ帝都は太平洋側にあり、燃料の都合がつくならば米軍が空母を送り、空爆もまた可能である。
開戦から日本海軍がとった対策は、日本列島の東方海域およそ700海里に特設監視艇部隊による警戒網を形成。さらに内地航空隊による長距離索敵にて、接近する敵を監視する、であった。
ハルゼーの第16任務部隊が遭遇した哨戒艇も、その警戒網を構成する1隻である。
空母発見を無電した第二十三日東丸は、沈められるまでのおよそ1時間の間、三度の報告を送った。
一方、ウィリアム・ハルゼー中将は周辺の哨戒艇の一掃を画策し、艦載機による攻撃を決断。
特設巡洋艦『栗田丸』、特設監視艇『海神丸』、『第一岩手丸』、『第二旭丸』、『長久丸』、『第一福久丸』、『英吉丸』、『第二十六南進丸』、『第三千代丸』、特設砲艦『興和丸』が戦闘機ならびに艦上爆撃機に攻撃を受けた。
この攻撃で第二哨戒隊で3隻、第三哨戒隊で2隻が沈み、ほか7隻が損傷した。
それが4月18日の昼ごろまでに起きた『エンタープライズ』航空隊の攻撃である。
一方、艦隊が日本軍哨戒艇と接触した頃に遡ると、空母『ホーネット』では、艦長のマーク・ミッチャー大佐と、爆撃隊指揮官のジミー・ドゥーリトル中佐が次の行動について急ぎ話し合っていた。
すなわち――
「攻撃隊を今から出すべきです」
ドゥーリトルが言えば、ミッチャーは渋顔になる。
「いいのか?」
燃料タンクを増設し、航続距離を伸ばしたスペシャルカスタムのB-25爆撃機でも、日本を爆撃し大陸まで飛ぶのは余裕はない。
「予定では、夜間爆撃を仕掛けることになっていたが」
たった16機の爆撃隊である。飛行できる距離の観点から、護衛の戦闘機はない。さらにいえば、軽量化改造されたB-25爆撃機は、防衛火器が上部砲塔の12.7ミリ機関銃2丁と機首の7.62ミリ機関銃のみ。それ以外は取り外し、尾部の機関銃にいたっては、ほうきの柄を使った偽装である。
日本の迎撃機に遭遇しないにこしたことはなく、夜間爆撃を仕掛けることで生存性を高めることになっていたのだが――
「我々の存在は、日本軍に発見されました」
ドゥーリトルは首を振った。
「時間が経てば経つほど、敵は守りを固めます。敵が態勢を整える前に――」
「……確かに。空母の単発機の航続距離を考えれば、こちらの攻撃が明日以降になると考える、か」
ミッチャーは腕を組んだ。こちらが双発爆撃機を空母から飛ばすなど、日本人には考えもつかないのではないか。
で、あれば明日の襲撃に備えている敵に、今日。さらに白昼堂々と仕掛ければ、日本人を完全に奇襲できるのではないか。
……なお、双発爆撃機による空母発艦については、特破隊がすでにやっているのだが、その情報についてはまだ分析段階のため、米軍には広く伝わっていなかったりする。
「わかった。ではやろう」
かくて、『ホーネット』の飛行甲板は慌ただしくなる。爆撃機の搭乗員たちは機体に乗り込み、整備員たちが最後の点検を行う。
装具を身につけ、ドゥーリトルは飛行甲板を先頭のB-25に向けて歩く。猛烈なる強風が吹きつける。さらに波も高く、飛行甲板の先端は水を浴びて黒ずんで見えた。とんだ飛行びよりだ。悪態をこらえ、ドゥーリトルは愛機、機体ナンバー40-2344に乗り込む。
操縦席につくドゥーリトルは、副操縦士のリチャード・E・コール少尉と目を合わせる。少尉は頷くと発進準備のチェックを進めていく。
ドゥーリトルは隊内無線のスイッチを入れた。
「各員点呼。航法士!」
『準備よし』
ヘンリー・A・ポッター少尉が応じた。
「爆撃手!」
『準備よし』
フレッド・A・ブレーマー軍曹が答えた。
「機関銃手!」
「異常なし!」
ポール・J・レナード軍曹が素早く返した。
「副操縦士」
「いつでも行けます」
隣の席のコールが頷くと、ドゥーリトルはその肩を叩いた。
「では行こう」
そして8時15分、運命の時がやってきた。二基のエンジンが轟々と唸る。B-25爆撃機は、ミッチャー艦長やホーネットクルーの見守る中、動き出した。
先頭のドゥーリトル機に与えられた離陸距離は467フィート――142メートル。
「さあ、本番だ! 行けっ! 行けっ!」
この日のためにダイエットしてきた改造B-25。陸上の滑走路でこの距離を想定して訓練してきた。だがヤケクソじみた威勢のいい声が出てしまうのは、実際に空母から飛ばしたことがないという一点からだった。
つまり、練習はしたが、実際に飛ばした経験はないということだ。成功例があるので、それを信じて、いざ飛ぶのである。初めて計器飛行のみで夜の空を飛んだ時を思い出す。大丈夫。あの時も上手くいった。
みるみる飛行甲板が短くなる。そして、落ちた。あ、落ちる――操縦桿を引く力がこもる。B-25は海面に激突する寸前に持ち上がり、高度を上げた。
これに見守っていたホーネットクルーたちは「やった!」と手を叩き、拳を突き上げた。
先頭の機体が無事発艦した。続いて二番機が発艦態勢に入る。一番機はギリギリで飛んだ。二番機は若干後ろからスタートできるが、ほとんど誤差みたいなもので、まだ安心できない。
単に我らが空の英雄ドゥーリトル中佐が上手くやっただけかもしれない。調整すること数分、ようやく二番機も飛行甲板を滑り出した。
それを確認し、ドゥーリトルは空母周りの旋回をやめて、日本本土へ進路を向けた。
全機の発艦を待たなかった。
これも日本軍の警戒、どの程度の性能かはわからないがレーダー対策である。編隊であれば発見しやすくなるレーダーだが、単機であれば、その捕捉可能な距離は短くなる。もとより少数奇襲である以上、その利点を活かす形で飛行する。
爆撃隊は2機から4機の少数編隊に分かれて、日本本土を目指す。そして1時間をかけて、16機のB-25爆撃機カスタムは、全機発進完了。それぞれ日本を目指すのであった。




