第64話、ホーネットとB-25
日本海軍第一航空艦隊――南雲機動部隊が、インド洋へ出撃していた42年4月1日。アメリカ西海岸、サンフランシスコより、巡洋艦3隻、駆逐艦3隻の護衛を受けた空母『ホーネット』が出航した。
ヨークタウン級空母の三番艦として完成。就役したのが1941年10月と、まだ半年しか経っていない新鋭艦である。
基準排水量2万トン。全長251.38メートル、最大幅35メートル。機関出力12万馬力、最大速力32.5ノット。艦載機搭載数72機の米海軍の主力級空母である。
その飛行甲板に並んでいるのは、空母艦載機に付き物である単発機ではなかった。
B-25ミッチェル双発爆撃機。ノースアメリカン社が開発し、1941年に導入された中型爆撃機である。全長16.13メートル、全幅20.59メートル。重量は本来は15200キログラム……なのだが、ここに並べられているのはダイエットを果たした特別改修機であった。
「しかし、奇妙なものですな」
先任士官が、ホーネット艦長であるマーク・アンドリュー・ミッチャー大佐に声をかけた。彼は振り返ると、何も言わず眉を動かしてみせた。それが返事だった。
「B-25を真珠湾に運ぶって言うんでしょ? 貴重な空母1隻を使って、たった16機の陸軍の爆撃機を輸送なんて」
「……」
「我々の任務ではありませんよ」
「……そうだな」
ミッチャーはようやくそう答えた。パイロット上がりの小柄なこの男は、口数が少ない。食堂でだって、他とおしゃべりすることもなく黙々と食事をする。海に出る時は、安い殺人ミステリーの本を持ち込んでいた。日に焼けた肌、黙っていると偏屈な初老の男めいている。
「だが任務は任務だ。不満はあろうとも、命令されたからには実行するだけだ」
ミッチャーはそう言いつつ、ふと司令部から届けられた封緘命令書を思い出す。これがただの航空輸送任務? 果たしてそうだろうか。
ホーネット艦長になってしばらく、真珠湾攻撃により日米が開戦。その後、空母の飛行甲板から爆撃機を発進させられるか、などと質問を受け、助言を求められた。それが1月だったか、結構早い時期の話だ。
そして実際に双発爆撃機が空母から発艦できるのか、『ホーネット』でテストされ、艦長だったミッチャーは当然それを見守った。
可能であることが実証されたら、これである。16機のB-25を載せての出港である。爆撃機のクルーたちは実に意気揚々、士気も旺盛であった。それを率いるのは、パイロットとして伝説でもあるジェームズ・ハロルド・ドゥーリトル中佐だった。
そう、パイロットであれば知らぬ者はいないほどの大物だ。コクピットからの視界に頼らない計器飛行の先駆者の一人であり、計器だけで離陸・飛行・着陸を行った最初の男となった。
航空機に関して道を切り開き、そのための機器の開発にも尽力。また空軍予備役軍団の少佐だった頃に、シェル石油の航空部門マネジャーになり、多くの航空試験を行った。
アメリカでは当たり前になりつつある100オクタンの航空ガソリンの生産体制についても関わっており、彼がいなければこの航空燃料の需要や供給について、今のようにいかなかったかもしれない。
パイロットとしても、かのシュナイダーカップでカーチスR3Cで優勝したり、様々なトロフィーを獲得している。
様々な意味で伝説の人物である。そんな人間が、B-25と共に空母で移動する。これは何かあると考えるのが自然だ。
「艦内に流れる噂だと、実はB-25をソ連にレンドリースするために、わざわざ空母を使うんじゃないかって話にもなっています」
「そうなのか?」
ミッチャーは艦内の噂というのをさほど重要視していない。しゃべらないだけで、聞き耳を立てることはあるが。
「あのジミー・ドゥーリトル中佐が乗るんです。ただの輸送じゃありません」
先任士官は言ったが、ミッチャーは肩をすくめるだけだった。
・ ・ ・
出航の翌日。例の封緘命令書――シールドオーダーを開封する時がきた。ミッチャーは幹部クルーたちの見守る中、古風としかいいようがない封印をペーパーナイフで開封した。古くから海軍の伝統だったシールドオーダーを、まさかのこの時代で使うとは。
果たしてその内容は――
「艦長?」
「我々は、日本に向かう」
それだけだった。日本という言葉にざわつく中、命令書を一読したミッチャーはテーブルの上にそれを置く。まずは副長が手を伸ばして中身を確認した。
「日本本土の空爆……」
「え……?」
幹部たちは驚く。空母『ホーネット』はB-25爆撃機を日本近海まで運び、そこから爆撃隊を発進させる。
「着艦はできないでしょう?」
「中国の飛行場に降りる手筈らしい……」
この空母からB-25が発艦するテストはやっていたが、着艦はやっていない。そもそも不可能なのだ。
「艦長――」
「全員に知らせる」
出撃後、解禁された作戦内容。クルーたちも知らなければ、任務に差し支える。ミッチャーは艦内放送を使って、ホーネットに下された命令、日本本土空爆を告げた。
「――この作戦は、ルーズベルト大統領からの勅命でもある。日本国民に、本土は安全ではないことを知らしめる。今後の合衆国の反撃の第一歩となる……。諸君らは持てる限りの能力を発揮し、任務を完遂することを望む。以上、艦長より終わり」
ミッチャーの艦内放送の直後、クルーたちは艦内で歓声やら奇声を上げて、盛り上がった。真珠湾を攻撃されて以来、暗い話ばかりだったところに、初陣のホーネットにまさかの大役。兵たちの士気が爆発的に跳ね上がるのも無理もなかった。
空母『ホーネット』とその護衛部隊は、4月13日にミッドウェー北方で第16任務部隊と合流した。4月8日に真珠湾を出た部隊である。
指揮官は、マーシャル・ギルバート、ウェーク島などを奇襲した猛将ウィリアム・ハルゼー中将である。
そして彼は『ホーネット』に受けている任務を初めて知らされた。
「おいおい、これまた面白いことをやってくれるじゃないか!」
ついに日本本土を爆撃するのである。規模からすれば、真珠湾攻撃とは比べるまでもないほど小規模だ。
だが――
「ジャップに安全な場所などないことを思い知らせてやれるわけだ」
不敵な笑みを浮かべるハルゼーに、マイルズ・ブローニング大佐は言った。
「我々は、ホーネットの護衛、露払いが任務ですな。ホーネットの航空隊は、陸軍の爆撃機が飛ばないことには格納庫で缶詰ですから」
「構うことはないさ。邪魔なジャップの船は、我らエンタープライズのSBDが片っ端から沈めてやる!」




