第62話、セイロン島沖海戦の終わり
第一航空艦隊第二次攻撃隊は、イギリスの軽空母『ハーミーズ』を撃沈した。
基準排水量1万850トン、全長182メートル、最大幅21.4メートル。空母として,、他の艦からの改装ではなく一から建造された世界初の艦。完成こそ日本海軍の『鳳翔』に譲ることになったが、つまりはその時代の老兵である。
単装の14センチ砲を6門。10.2センチ高角砲を3門。艦載機の搭載数は15機。しかもこの時は戦闘機を積んでいなかったために、押し寄せる日本機に対抗できなかった。
セイロン島の空軍に戦闘機を要請した通信が、第一航空艦隊の『赤城』でも傍受できた。
後年の資料によれば、赤城の艦上爆撃隊は2発中2発命中。飛龍艦爆隊は11発中9発、瑞鶴隊は14発中13発、翔鶴隊は18発中13発を、1隻の軽空母に命中させた。
急降下爆撃機45機の爆撃で命中は37発。その命中率は82パーセントだったという。
小型の軽空母に、37発もの250キロ爆弾に耐える能力はなかった。『ハーミーズ』は沈没したが、残る九九式艦上爆撃機は、その他周辺の艦艇に襲いかかった。
駆逐艦『ヴァンパイア』、赤城機12、飛龍機4。
コルベット『ホリーホック』、蒼龍機より1発。
タンカー『SSブリティッシュ・サージェント』、赤城機3、飛龍機3。
タンカー『RFAアセルスタン』、蒼龍機5。
貨物船『SSノルヴィケン』、蒼龍機5。
先の『ハーミーズ』への37発も含めると、九九式艦爆85機中、70機が攻撃を命中させ、そのことごとくを撃沈した。
なお、この近くを航行していた病院船『HMHSヴィータ』は、攻撃されなかった。
『ハーミーズ』からの援護要請を受けたトリンコマリーから、フェアリーフルマーが駆けつけたが、空母を救うことはできず、九九式艦爆を4機撃墜。しかし反撃で2機が返り討ちにあった。
ともあれ、空母『ハーミーズ』の撃沈は、第一航空艦隊司令部を大いに沸かせた。相手が英軍ではあるが、これが日本空母航空隊による初の敵空母撃沈であったからだ。
その後、有力な敵の存在が確認できなかったこともあり、英東洋艦隊は完全に撤退したものと判断。南雲と司令部は作戦の終了を宣言した。元々、セイロン島を占領する作戦ではなく、敵を痛打したことで目的は果たされたと判断したのだ。
夕焼けのインド洋上で、飛行甲板に整列。戦死した搭乗員たちのために黙祷を捧げると、東へ針路をとり、内地への帰途についた。
・ ・ ・
「上手くはいかないものだな」
東洋艦隊司令長官、ジェームズ・サマヴィル中将は何とも言えない表情を浮かべた。
セイロン島の拠点であるコロンボ基地、トリンコマリー軍港が破壊された。参謀長は口を開く。
「アッドゥ環礁も、防御に関しては手薄ですから、ここに留まるのも危険です」
「やむを得ないな。我々もここを去ることにしよう。晩餐会はお開きだ」
サマヴィルは、A部隊をボンベイに向けた。旧式戦艦主体のB部隊には、船団護衛という任務もあるので、アフリカ東岸のキリンディニ港へと移動させた。
「これからはインド洋東での行動は難しくなった」
「日本軍の庭、ということですな」
参謀長が悔しさをにじませるが、サマヴィルは淡々としていた。
「どうかな。セイロン島に敵が攻め込んで、陥落するようなことがあればそうかもしれないが……」
我々はマダガスカル島方面まで後退することになるが、まだ西インド洋を含めた勢力争いは続く。
「本国もセイロン島の防衛を強化するだろうな。少なくとも現状のRAFが弱体過ぎた」
「しかし我々東洋艦隊も……」
「うむ、現状、抑止力にはなりえない。チャーチルはインド洋を枢軸に明け渡す機などさらさらないから、援軍は寄越してくれるだろう」
インド洋を失えば、その資源は本国へ届かなくなる。ソ連への支援の影響もまた大きい。当然、親愛なる首相閣下が東洋艦隊を張り子の虎になどしないだろう。
「そして、前々から様子を窺っていたマダガスカル島に……いよいよ手をつけることになるのだろうな」
東洋艦隊はケニアまで後退するが、結果、イギリスの通商路が非常に攻撃に対して弱くなる。
日本軍がセイロン島に侵略する可能性については色々言われているが、イギリスとして日本軍が一気に西インド洋まで侵攻してくることを警戒した。
たとえばマダガスカル島を、潜水艦などの前線基地として活用された場合、英軍通商路はますます脅威にさらされることになる。さらにオーストラリアへの連絡線どころか、南大西洋にまで日本軍潜水艦が進出する可能性すらあった。
そしてそれらに対する危機感を煽る原因は、マダガスカル島が連合軍側にないことである。
「ドイツに降伏したフランス……。ヴィシー政権が、マダガスカル島を支配していますからね」
「一応は中立を気取ってはいるが、ナチスの意向が強い親独政権だ。枢軸側の圧力で、マダガスカル島を日本に割譲するか、あるいは海軍の基地が作られる可能性は低くない」
すでにチャーチル首相は、海軍顧問から予防処置としてマダガスカル島を占領するべきと進言を受け、そしてそれを承認。マダガスカル島の攻略のための陸軍も動員し、攻撃の際には東洋艦隊も支援として参加することになっている。
「またフランス人と一戦を交えることになるわけですね」
参謀長は、サマヴィルの顔色を窺う。
ドイツの電撃的侵攻によりフランスは降伏した。残存する艦艇はフランス海軍に留めおかれ、ドイツに引き渡さないという条約が結ばれたが、親独政権のヴィシー・フランスを信用していないイギリスは、フランス艦隊を捕獲するか、完全に無力化することを決定した。
1940年7月、メルセルケビールにて、イギリスは駐留するフランス艦隊に武装解除を通告したが、その時の指揮官が当時H部隊を指揮していたサマヴィル中将だったのである。
「あれは苦い思い出だよ」
人生を振り返った時、あれほど後味の悪い気分を味わったことはなかった。フランス艦隊が予定時刻までに武装解除しなかったため、昨日までの友人を敵として攻撃することになった。粛々と命令を実行したサマヴィルだったが、やはり何も感じないわけではなかった。
「まあ、これも慣れだよ。そう、慣れだ」




