第58話、コロンボ空襲
4月5日、早朝。第一航空艦隊は、コロンボ南方200海里に位置していた。
旗艦、空母『赤城』では、第一次攻撃隊が発艦態勢に入っていた。
「昨日は敵の偵察機に発見されたが、何事もなかったな」
第一航空艦隊司令長官、南雲 忠一中将は、艦橋の端から飛行甲板を見下ろした。
海軍兵学校36期。非常に熱血な水雷屋。豪放にして、戦前から猛将のイメージの強い男である。
実際、水雷屋でならした腕前は卓越しており、艦の扱いは現職の艦長らを凌駕するとも評される。
だが、現在の第一航空艦隊司令長官という職については、完全に門外漢というか、噂の猛将ぶりはなりを潜めている。
「奇襲は叶わないと思っていたが、ここまでは案外すんなりいったように見える」
「敵さんも、夜間は攻撃できませんからな」
草鹿 龍之介参謀長は事務的な調子で言った。海軍兵学校41期。剣道家でもあり、がっちりした体躯の男である。
「コロンボでは敵が待ち構えているかもしれんませんが、こちらは朝一番に仕掛けます。もしかすれば、敵の先を取れるかもしれません」
「うむ……。東洋艦隊は動いただろうか?」
「事前の偵察では確認できていません」
昨日と同じ報告を草鹿はした。
「つまりはここにいないか、あるいは、我々と戦うべく急行しているところかもしれません」
結果、本来はコロンボ攻撃に全力をぶつける予定だったが、急な敵艦隊の出現に備えて、雷装した艦上攻撃機部隊をある程度待機させることになった。
「備えは万全です」
泰然として草鹿は言った。
「もし、イギリス東洋艦隊が現れれば、我が精鋭が返り討ちにするでしょう」
やがて、第一次攻撃隊が発艦を開始した。整備員たちが帽子を振り、南雲らが敬礼で見送る中、淵田 美津雄中佐が指揮する攻撃隊は、各空母の甲板から飛び上がった。
『赤城』:零式艦上戦闘機9機 九七式艦上攻撃機17機
『蒼龍』:零戦9機 九七式艦上攻撃機18機
『飛龍』:零戦9機 九七式艦上攻撃機18機
『瑞鶴』:零戦9機 九九式艦上爆撃機19機
『翔鶴』: 九九式艦上爆撃機19機
艦上戦闘機36、艦上爆撃機38、艦上攻撃機53。合計127機。これら第一次攻撃隊は、約370キロの行程を進んだ。
「おや?」
途中、イギリス軍の複葉機編隊を目撃した。日本機動部隊を攻撃しようと飛び立ったフェアリー ソードフィッシュ雷撃機である。艦隊を攻撃されるわけにはいかない。ただちに直掩の機から数機が派遣され、この旧式攻撃機を叩き落とした。
多少のイレギュラーはあったが、攻撃隊はセイロン島西部コロンボに到着する。その上空にはイギリス空軍のフェアリー フルマー、ホーカー ハリケーンおよそ40機が待ち構えていた。
「敵機!」
やはりイギリス軍は日本軍に備えていた。ただちに直掩の零戦隊がこれを迎え撃つ。
ハリケーンはイギリス空軍初の実用的単葉の戦闘機だ。やや型が古く、今では珍しい羽布張りの機体である。
現在の主力戦闘機のスピットファイアと比べると、速度も運動性も一段劣る。しかし7.7ミリ機銃八丁を装備し、その濃密な弾幕は、装甲などないに等しい零戦にとっては侮れないものがあった。
日本海軍が誇る主力戦闘機、零式艦上戦闘機二一型は、英軍機に食らいつく。射撃の正確な7.7ミリで狙い、隙あらば20ミリ機関砲を撃ち込む。
これが弾道が下がりやすく当てるのに癖があって、あまりよろしくない評判だが、当たれば敵機に大ダメージを与えた。旧式なのに意外に粘るハリケーンに引導を渡していく零戦。
英軍戦闘機乗りも、零戦との格闘戦に挑み……そしてその恐るべき小回りに驚愕する。くるくる回る挙動を追い切れず、零戦を見失ってしまう者さえいた。
比較的速度の遅い運動性は抜群の零戦である。イギリス空軍パイロットは、自軍戦闘機より小回りの効かないドイツ軍機との戦訓から、ついつい日本機に対しても格闘戦を挑んでしまい、返り討ちにあった。
その戦い方が、日本軍戦闘機のもっとも得意とするところであると知らずに。
それでも数もあってそこそこ勇戦したハリケーンに対して、フルマーのほうは悲惨であった。
こちらも7.7ミリ機銃を八丁装備していたが、こちらは軽爆撃機を改造した海軍向けの艦上複座戦闘機であった。要するに、速度は遅いし、運動性も零戦にかなうものではないということだ。
戦闘機として珍しく複座なのは、洋上を飛行する艦上機だからだ。一時期、航空機を空軍に取り上げられた海軍は、こと空母艦載機は非常に遅れていて、おかしな珍品が見られる。複座であることを利用して偵察だったり、夜間用レーダー搭載機だったりがあるが、このセイロン島上空においてはいずれも役に立たなかった。
英軍機はおよそ半数近くを失い、零戦に撃退された。その迎撃もラトマラナ飛行場の守備が中心だったこともあり、港は比較的手薄であった。そして攻撃隊はコロンボ港へ接近する。天然の良港には、雑多な船が見受けられるが――
「うーん、やはりおらんなぁ、イギリスさんは」
九七式艦攻の偵察員席から、淵田飛行隊長はコロンボ港を見渡す。
「東洋艦隊は不在。ちょっとは期待しとったんだがなぁ。まあ、ええわ」
全軍突撃せよ。
攻撃隊はただちに、コロンボ港に殺到した。九九式艦爆はご自慢の急降下爆撃を、九七式艦攻は800キロ爆弾による水平爆撃を敢行する。
この時、日本軍の襲来を予想し、港から商船ほか25隻あまりの船が脱出していたが、まだ21隻が残っていて、軍艦も数隻存在していた。
武装商船『ヘクター』、タンカー『ソリ』、駆逐艦『テネドス』が爆撃の餌食となった。さらに潜水母艦『ルチア』ほか数隻の船舶が被害を受けた。
だが在泊する船へのダメージはそれだけに留まった。攻撃の中心は、地上の軍事施設に集まったからだ。
「むぅ、これは配分を間違えたか」
戦果確認しつつ、淵田は唸った。
「こりゃ、もう一撃与えんといかんな」
旗艦へ発信。第二次攻撃を準備されたし。




