第56話、東洋艦隊新司令長官の着任
とても愉快な気分にはなれない。
サー・ジェームズ・フォウンズ・サマヴィル中将は、東洋艦隊司令長官に任命され、3月26日、セイロン島コロンボに到着した。
「チャーチル首相は、私を便利屋か何かと勘違いしているのではないか? どうしてこう、面倒を押しつけてくるのか」
「信頼されているからでは?」
参謀長は言った。
「困った時に、真っ先に貴方のことが浮かんだからかもしれません。何せこれまでのご活躍を考えあわせますと――」
「いいや、違うな。あの人は私のことが嫌いなのだ。だから面倒なところに送り込んで私がヘマをするのを待っているのさ」
サマヴィルは楽しそうにそう言った。そこに悪意はなく、ウィンストン・チャーチル首相や第一海軍卿であるダドリー・パウンドへの敵意も感じられず、参謀長は安堵した。英国人特有の湾曲した言葉というやつである。
「まあ、冗談はさておきだ」
サマヴィルは急に真面目ぶるのである。
「東洋艦隊の現状を考えると、やはり前向きにはなれないな」
その言葉に、参謀長は緊張する。彼が前任者であるジェフリー・レイトン大将から東洋艦隊司令長官を引き継いだ時のことを思い出したのだ。
『もう少し綺麗な形で艦隊を受け取りたかったですが』
文句を嫌味という形で言ったサマヴィルに、レイトン大将は何とも言えない顔になっていたのを思い出すと、参謀長も気まずくもなるのである。
●イギリス東洋艦隊:司令長官、ジェームズ・F・サマヴィル中将
空母 :「インドミタブル」「フォーミタブル」
軽空母 :「ハーミーズ」
戦艦 :「レゾリューション」「ラミリーズ」「リヴェンジ」
重巡洋艦:「ドーセットシャー」
軽巡洋艦:「エンタープライズ」「カレドン」
駆逐艦 :「パラディン」「パンサー」「ネスター」「ネイピア」「ノーマン」
:「アロー」「エクスプレス」「ヴァンパイア」「ホットスパー」
:「フォーチュン」「フォックスハウンド」「グリフィン」「デコイ」
:「ヤコブ・ファン・ヘームスケルク」「アイザック・スフェアーズ」
空母2、小型空母1、戦艦3、重巡洋艦1、軽巡洋艦2、駆逐艦15が、サマヴィルに与えられた艦艇である。空母艦載機は戦闘機36、雷撃機57の計93機。
他、セイロン島の基地航空隊がおよそ90機ほどであった。
「それで、旗艦ですが……」
「空母に置くしかないだろうな」
サマヴィルは渋顔である。本来であれば戦艦を旗艦としたいところであるが……。
「せめて『ウォースパイト』が合流できていればな」
「……」
東洋艦隊に合流予定だった戦艦『ウォースパイト』。この艦は、アメリカでの修理後、セイロン島に回航中、オーストラリアに寄航するところを潜水艦に雷撃され、撃沈された。
「カニンガムが旗艦にした後に乗るというのも癪ではあるが、『ウォースパイト』には縁もあったからね。残念だ」
同期の提督について一言言いつつ、首を捻るサマヴィルである。
「情報部の報告では、日本海軍がここセイロン島を目指しているとか」
「はい。極東合同局が言うには、空母が2隻を含んだ艦隊らしいです」
「2隻? パールハーバーを叩いたナグモの機動部隊ではないのか?」
南雲機動部隊でああれば空母5、6隻はある。昼に戦ったら、東洋艦隊の空母戦力ではひとたまりもないが。
「2隻というのは確かなのか?」
「FECBは間違いないと。敵の暗号解読の結果、4月1日にはセイロン島を攻撃予定だとか」
「間違いないか。ならばこちらにも手の打ちようがあるな」
サマヴィルは、さして深刻な顔をしなかった。
レーダー搭載の雷撃機を活用した夜間攻撃。もし日本の機動部隊を撃退できるなら、その手しかないとサマヴィルは考えていたが……2隻だけ、か。
無線、通信の専門に始まり、英軍のレーダー開発に一枚噛んでいるサマヴィルである。夜間攻撃隊を使えるのは、現時点で日本、アメリカにはないアドバンテージだと言える。
――ただまあ、日本軍も夜間爆撃を真珠湾でやったらしい。
英軍の知るところではないが、K作戦による二度目の真珠湾攻撃は、夜間に行われたと聞く。島の基地を攻撃するのと動いている艦隊を攻撃するのは違うから、一緒にはできないが、その辺りが唯一の気掛かりであった。
「上層部は東洋艦隊の戦力温存を私に命じた」
艦隊保全主義というやつである。下手に突っ込んで全滅するより、戦いを避けてでも逃げ伸び、存在し続けることで敵にプレッシャーを与えるということだ。
ドイツでいえば、戦艦『ビスマルク』の姉妹艦『ティルピッツ』が、出撃せずに港にこもっていることで、英軍はかの戦艦に備えて、ある程度戦力と留めておかなければいけなかった。
他戦線に安易に援軍を送れなくなるという点で、存在するだけで敵に脅威を与える――これが艦隊保全の意味である。
「海軍は、東洋艦隊という存在をインド洋に留めておきたいのだ」
セイロン島から後退することになっても。
「ご不満ですか?」
「不本意ではあるが、命令であれば仕方ない」
彼は、任務に忠実な軍人であった。
「ただ、最善は我々が日本軍に勝つ、あるいは撃退することにある。そのための作戦があるすれば……、それを試さず一目散に逃げるというのも英国紳士らしくないと思うわけだ」
「ですが、危険を侵す価値はありますか?」
参謀長は尋ねた。その作戦を実行することで、艦隊が返り討ちにあっては意味がなく、上層部からの命令を無視することになる。
「もちろん、リスクはある。だがやってくるレディーたちの相手をしないのは紳士の風上にも置けない。夜は紳士も獣になるというのを教えて差し上げるべきだと、私は考えるのだよ」
「提督、今のは……」
「ああ、君はこの手の言い回しは苦手かね? 私はね、友人たちから、下の話では英国海軍一だなんて言われることもある。これを失礼な話とみるか、光栄なこととみるかは……まあ君たちに委ねるとしよう」
ニヤリとしたサマヴィルだが、すぐに真顔になった。
「作戦はこうだ。空母を中心とした高速部隊で日本の機動部隊に対して夜襲をかけるよう機動する。戦艦群を中心にした低速部隊はその後方だ。もし敵が高速部隊の手に余るようであれば、低速部隊と合流し、それで勝負になるなら突っ込み、駄目ならば撤退する。……敵の空母は2隻なのだろう? 勝算はあると思うがね、参謀長」




