第53話、東か西か
「蘭印作戦は成功だ」
富岡 定俊軍令部作戦課長は、神明 龍造大佐にそう告げた。
「ジャワ島は攻略を終えて、南方作戦も残るはバターン半島に立てこもる米軍と、ビルマ方面の攻略を残すだけだ」
「では、第二段作戦」
「そうだ」
富岡は頷いた。
「少し前置きを聞いてくれ。陸軍は、自存自衛体制の確立させ、インド方面に進撃。まずイギリスを戦争から脱落させることで、アメリカの戦争継続の意味を失わせることを重視している」
作戦の正面はインド洋方面であり、イギリス本国とインド、オーストラリアを通商破壊などで戦争継続を困難にすると共に、ドイツ、イタリアとも協力し、対英封鎖を重視する。
「一方、我が海軍としては、太平洋を主軸と据え、アメリカ軍を打倒し、早期決戦を推し進める方針をとっている」
長期戦ではアメリカに勝てない。それ故にハワイ攻略や対日反攻の拠点となるオーストラリアの攻略を目指す。
「つまり、陸軍は西に、海軍は東を目指そうというのだろう」
神明が言えば、富岡は顔をしかめた。
「まあ……そうなるな。私個人の意見を言えば、ハワイ攻略など困難だと思うが」
「オーストラリアの侵攻もどっこいだと思うがね」
神明は正直だった。
「陸軍は兵を出せんと言うのだろう」
「オーストラリアは広大だ。それを侵攻するのにどれだけの兵力が必要となるか。大陸から引き抜ける戦力だって余裕があるわけではない」
「その広大な大陸を完全占領しようなどと考えるからいけない。オーストラリアは海岸線の都市を押さえればいい。内陸にオーストラリア軍が逃げたとしても、それは捨て置いていい」
むしろ追いかければ、その分、消耗戦に引き込まれる。
「オーストラリア攻略の作戦案か?」
富岡の視線が鋭くなるが、神明は首を横に振る。
「いや、やれと言われるなら考えるが、あの大陸を占領するのは、アメリカ、イギリスと戦うための力を消耗させるだけで、あまりメリットは感じない」
脱線したな、と神明は、富岡に続きを促した。
「先月、連合艦隊がインド洋侵攻作戦の図上演習を行った。目的はセイロン島の占領とイギリス東洋艦隊の撃滅だ」
「陸軍が聞いたら喜ぶんじゃないか?」
彼らは西に行きたがっていた。それに聞いたところによれば、ドイツからも日本海軍の積極的なインド洋進出を要請されているとも言われている。特破隊も第二戦闘群がインド洋の東に進出しはじめているが、ドイツとしてはもっと西まできて欲しいのだ。
「ところがどっこい」
富岡は渋い顔になる。
「連合艦隊司令部の案に対して、当の陸軍が乗ってこない。セイロン島の攻略に自信が持てないと言ってきた」
西を目指すと言っているのに、いざ西を目指したら、躊躇しているという。
「つまり?」
「南方資源を獲得し、絶対不敗の体制作りが優先される。いずれ西へ進撃し、ドイツ、イタリアと協力しましょうね、ということらしい」
要するに、『今はその時ではない』というのが陸軍の答えということだ。戦争をはじめておいて、やる気があるのか。
ここのところの陸軍は、どうにも消極的に見える。ドイツとの共同戦線も唱える者はいるが、もし攻めるならソ連の極東軍の戦力が半分になったら、などと言っているとか。
「とはいえ、だ」
気を取り直しすように富岡は言う。
「連合艦隊は、インド洋に進出する。セイロン島は占領できないが、その軍事拠点の攻撃と東洋艦隊の撃滅は進める予定だ」
これには陸軍がビルマ攻略を進めていることも関係する。第一段作戦の攻略対象であるビルマの攻略には海上からの物資輸送が欠かせない。
だがセイロン島のイギリス東洋艦隊が、ビルマ間の海上輸送の妨害に出てくれば、ビルマ攻略の進捗に影響する。最悪、攻略失敗の可能性も出てくる。
「軍令部としては、連合艦隊にはインド洋よりも豪州分断に力を注いでほしいところだが」
富岡が軍令部としての本音を除かせる。連合艦隊がインド洋に行くことについて、よく思っていない。
「だから我々、特破隊がオーストラリアの西と東で遮断をやっているのだろう」
神明は言った。
「何なら、連合艦隊をオーストラリアに回すか? 特破隊が代わりにインド洋で暴れまわってもいい」
「それはもう少し早く聞きたかったな」
富岡は皮肉げに言った。
「もうすでに、連合艦隊は南雲中将の第一航空艦隊をセイロン島へ進出させる作戦を立て、移動中だ。小沢中将の馬来部隊も、インド洋北方、ベンガル湾方面での通商破壊を行う予定だ」
「特破隊は?」
「今のところは、オーストラリアの分断をやってくれればいい」
富岡は頷いた。
「無敵『南雲機動部隊』が東洋艦隊を撃滅してくれれば、インド洋に特破隊の通商破壊部隊もより積極的に進出できるだろう。……潜水艦を増やすのだろう?」
潜水艦だけではないが――神明は頷いておく。これまで沈めてきた艦艇は、大体回収していて、魔技研が異世界技術である魔核と魔力を用いた再生で、早期の修復、改装を行っている。
「ドイツからは、もっと海軍の主力をインド洋に展開しろ、とせっつかれている。特破に余裕があるのであれば、そちらも任せられれば、ドイツのご機嫌も多少よくはなるだろう」
いくら同盟国でも、無い袖は振れないと富岡は言うのである。神明は再度頷いた。
「わかった。インド洋への進出については、こちらでも考えておく」
もっとも、軍令部から言われるまでもなく、特破内ではインド洋はもちろん、大西洋に進出しての作戦も考えている。
そろそろ軍令部にも、本格的な転移連絡網のプレゼンをしておく頃合いかもしれない。以前、転移の話を振った時は、夢物語だと一蹴されてしまったが、戦線が東西南北に広くなり、問題が表面化しつつある今なら、多少聞く耳を持つのではないか。
「ところで、神明君」
富岡が急に改まった。
「ひとつ、個人的に聞きたいことがあるんだが」
「何だ?」
その表情から、何か言いづらいことだろうというのは、同期としての感想。神明が
促すと、富岡は躊躇いがちに言った。
「シベリア鉄道を吹き飛ばしたのは、君の仕業か?」




