第51話、潜水雷撃
魔技研は、誘導兵器を実用化し、運用している。
その誘導は、無線式と魔力式に分けられるが、特破隊が用いているのは後者の魔力式であった。
さらに魔技研改装型潜水艦は、魔力式ソナーと呼ばれる独自の水中索敵装置を使用する。これは魔力を飛ばし、その反射で水中のものを探知するものである。
ただ、魔技研はそこからさらに推し進め、反射から物体の形状を表示する機能も盛り込んだ。これにより水中ながら物体を『視認』できることに成功させた。
この見える範囲については、表示である程度補正できるものの、音を拾う従来の索敵装置と違い、自艦のスピードもまったく関係なく索敵が可能であった。
さらに専門の能力者が扱えば、十数キロ遠方の敵潜水艦すら見ることができた。
伊51の能力者である海道 鈴中尉も、潜水航行中の米潜水艦を10キロメートル離れた位置で捕捉した。
状況を確認した伊51潜水艦長、海道一少佐は、専用席で機器を扱う妹に声をかけた。
「――この形状は、確かにサーモン級だな」
「はい、お兄様。斜めで捕捉できたおかげでわかりました。正面からだとタンバー級と見分けがつかなかったと思います」
物静かな雰囲気を漂わせて鈴は答えた。軍服は着ていても、およそ軍人らしく見えないと、新任の高島 洋平先任士官は思った。
「先任、サーモン級とタンバー級の違いはわかるか?」
海道潜水艦長が淡々と問うた。
「はっ、魚雷発射管が2門、タンバー級の方が多く、その分、若干速度が遅かったと記憶しております」
「外見上の違いは?」
「……確か、艦尾の形が違う程度でしょうか」
前者は1450トン、後者が1475トン。大きさは93メートルでこちらも15センチ程度しか差がない。というのも、タンバー級はサーモン級の改良型だから似ていて当然とも言えた。
「さすがだな、先任士官」
海道は控えめに褒めた。こうした視覚情報から、敵の形状がわかるのもマ式ソナーの利点であった。
「相手の正体がはっきりした。味方でなければ沈める。それが任務だ。――魚雷発射管1番、マ式誘導魚雷を装填!」
潜水中の敵を攻撃できる――この技術があるのは、特破隊のみ。世界のどの海軍も、潜水艦が潜水艦を沈める場合は水上にいるところを攻撃するしか現状方法がない。
つまり、こちらは一方的に攻撃できるということだ。
「鈴、誘導はできるな?」
「もちろんです。お兄様」
「頼りにしているぞ」
これだけ見ると妹に甘い兄のようである。高島は無論それを口にするほど野暮でも空気が読めない男でもない。
やがて、『魚雷、装填完了!』の威勢のいい報告がきた。意外に誤解されがちだが、潜水艦内は、人間の声など外にほぼ聞こえない。一方で機械音や金属音など艦体に直に触れているものの振動や音は外部によく聞こえるものであったりする。
「一番、発射!」
伊51の艦首魚雷発射管から、53センチ誘導魚雷が押し出された。現状、魚雷にトラブルが発生するか、能力者が誘導を切らない限り、この魚雷を防ぐ手立てはない。サーモン級の運命は、すでに風前の灯火である。
命中まで時間がかかるために、発令所に沈黙が下りる。先任士官として、高島にはこの時間にできることはない。他の者は自分の担当での作業や警戒を続けているが、艦長や副長ともなると割と手持ち無沙汰である。
本来なら時計で距離、速度などから予想される時間を測るものだが、マ式ソナーの表示を見て、さらに誘導魚雷ともなればその必要すらない。
高島は視線を向ける。ここで一人、海道 鈴は魚雷誘導に集中している。余計なお喋りをすることが雑音となり、誘導を乱すことがあっては艦長からの叱責は間違いない。
だから静かに待った。確定的な命中がもたらす結果、未来の約束された撃沈の時を。
「命中しました」
鈴の報告に、発令所の誰かが手を叩き、聴音士が口を開いた。
「魚雷命中音。続いて船体破壊音――」
撃沈確実。何とも簡単に敵潜水艦は沈没した。
・ ・ ・
「――サーモン級潜水艦を撃沈か」
第一対潜部隊司令の平林 孝三中佐は、伊51潜からの報告に片方の眉を吊り上げた。
部隊旗艦、対潜母艦『七尾』は、1940年、ナルヴィク沖で沈んだ貨物船『ケーニヒスベルク』を改装した船である。6500トン、全長137メートル、全幅17.2メートルと魔技研が使用する補助艦艇としては小型の分類に入る。
水上機を運用する水上機母艦としての機能と、補給、簡易な工作機能を併せ持った船と言えば、聞こえはいいが、実際のところ専門のそれに比べればどれも小さく、中途半端ではあった。
もっとも投入される任務――対潜部隊の旗艦としては充分な能力は有していた。
「今日のところはこれで終わりかな?」
「どうでしょうかね」
艦長の橘川大尉は、首をかしげた。
「我々は釣りをやっているようなものですから。運がよければもう1隻か2隻」
「このまま二、三日なにもかからないかもしれない」
「気長なものですな」
「まったくだな」
特設対潜母艦を旗艦に、潜水駆逐艦1、護衛駆逐艦2、潜水艦1の小部隊である。『七尾』の水上偵察機による索敵。駆逐艦、潜水艦による警戒。そして『七尾』自身、敵潜水艦が攻撃を仕掛けてくるための囮艦の役割を担う。
フリーマントルへと移動する敵潜水艦を待ち伏せし、これを叩く。小粒だが、絶対に敵潜を仕留めると網を張る専門部隊だった。
「これまで何隻くらい仕留めたかな?」
「本艦は1隻も仕留めておりませんよ。囮艦ですから」
実際に狙われるところまで踏み込まれたことはないが――橘川が言うが、平林はそうじゃないと首を振る。
「隊としての戦果だよ」
「……ちょうど10隻じゃないですかね」
うろ覚えのような調子で艦長が答えると、平林は艦橋内を見渡した。
「どこかにわかりやすく撃沈表でも張り出しておくか」
七尾自体は敵を撃沈する機会は、ほぼないだろうが、隊全体の戦果という形にすれば、この艦の乗組員たちも少し気晴らしになるかもしれない。
そうでなくても、この任務は警戒はすれど、割と退屈なのである。




