第50話、特破第一対潜部隊
SU船団は全滅した。
特破第二戦闘群の航空隊は、輸送船とその護衛を撃沈し、後から追ってきたリヴェンジ級戦艦『ロイヤル・ソブリン』は、戦艦『肥後』、巡洋戦艦『愛鷹』によって仕留められた。
多くのオーストラリア兵もまた、本土の土を踏むことはなかった。
主な船団がやられた中、C4x船団を離れ、迂回しつつアデレートへ向かっていたC4船団――『ラヴィントンコート』『ウエスタンランド』『トリコロール』『スートレジ』『ガバナー』『マスラ』は、道中にアデレート方面通商破壊隊である第33潜水戦隊の潜水艦の待ち伏せを受けて、こちらも壊滅した。
ドイツ潜水艦のウルフパックよろしく、複数潜水艦による雷撃は船団をアデレートに辿り着かせることはなかった。
ことここに到り、英軍はコーチンからフリーマントルに向かう予定だったC6船団の出航を取りやめる。
一方、日本海軍第二戦闘群は、しばしセイロン島とオーストラリア間を遊弋し、通商破壊活動を続けたのち、潜水戦隊に任せて内地へと帰還した。
なお、この頃、オーストラリア西海岸近くにおいて活動する日本海軍特破隊の小部隊が存在していた。
その名も、特破第一対潜部隊。
特設対潜母艦『七尾』を旗艦に、潜水駆逐艦『小雨』、護衛駆逐艦『松』『竹』、潜水艦『伊51』で編成されている。
スラバヤ陥落後、2月下旬より、この部隊は蘭印からオーストラリア、特にフリーマントル方面への航路に展開していた。
「――要するに、対潜部隊の名の通り、我々は敵潜水艦を狩るのが任務だ」
伊号第51潜水艦、潜水艦長の海道 一少佐は、艦橋に出て潮風に当たっていた。
細身で顔のつくりが良い男だ。やや童顔であるが、役者をやっていればさぞモテたであろうが、表情は恐ろしいほどなく、冷淡に見える。
「君がいた潜水戦隊は、通商破壊が任務だが、このフネは違う。理解したか?」
「はっ」
高島 洋平大尉は双眼鏡を手に頷いた。彼は、つい先日、対潜母艦『七尾』を経由して、この伊51潜に配備された先任士官である。
言ってみれば副長である。なんでも前任者は、盲腸で入院し、先任士官不在で伊51は先月から任務に就いていた。
「もうこの潜水艦には慣れたか?」
海道は水平線を見やりつつ聞いてきた。高島は答える。
「はい。潜水艦は狭いですから。前の配属も魔技研産の潜水艦でした」
「ふうん。フランス艦か?」
「ドイツ艦でした」
回収した潜水艦を大改装して使っている特破隊である。多数の潜水艦を運用している特破隊だが、その中で元から日本海軍が作った潜水艦は、実は数えるほど少なかったりする。
そしてこの伊51も、その数少ない日本純正潜水艦の改造艦である。
1918年度計画、いわゆる八六艦隊案で建造された海大1型潜水艦。同型艦はなし。海大型の系譜の栄光の一番艦である。
大体のところ、実験や訓練用として使われていたが、開戦前、つまり1940年に除籍された。
そこを魔技研が引き取り、その時点での新装備を注ぎ込んだ新世代潜水艦へと大改装を加えた。
それでも実験艦としての面は強く、さらに言えば能力者が運用することを前提にした特殊な艦である。
基準排水量1340トン、水中排水量2400トン。全長91メートル、全幅8.81メートル。マ式発電機+同機関二基。1万2000馬力という潜水艦としては破格のパワーを持つ。高速力を発揮できる一方、安全潜航深度も、かつては45.7メートルだったものが、異世界技術で数百メートルを余裕で潜ることができた。
「いま、ここにいるのは俺と君だけだ」
海道は言った。他に見張り員が洋上警戒していて、二人だけではないが、艦長がそう言うのであればそうなのだろう。高島は首肯した。
「この艦は能力者の力を十二分に引き出すことが求められている。それを念頭に入れて、君にも話しておかなければならないことがある」
「はい……」
何だろう、妙に含みがあると高島は感じた。それとも自分は着任早々、何かヘマをしたのだろうか? フネ独自のローカルルールを知らぬまま触れてしまったか。
「俺の妹だ。……もう会ったな?」
「はい」
海道 鈴中尉。魔技研絡みで軍に所属が許されている女性軍人である。この伊51潜水艦の能力発揮に欠かせない能力者だ。
「とても綺麗な人でした」
素直に高島はそう思った。兄も美形ならば妹もそうなのだと自然と納得した。艶やかな黒髪の和風美人とはああいう人なのだろうとも思う。
「……」
海道艦長から刺すような視線を向けられた。余計なことを言ってしまったかもしれない。
「彼女は、任務中でも俺を『兄』と呼ぶ」
「は……?」
「正確にはお兄様、だ。軍人として思うことはあるだろうが、そのことで注意などすることがないように頼む。彼女が気持ちよく軍務についてもらうためには必要なことだ。……能力者がその力を発揮するには集中、もしくは安定した心理状態であることが望ましい」
つまらないことでストレスを与えて、能力が発揮できなくなるのは困るということだ。大正、昭和の観点からすれば、それは甘えなのだが、海道の眼光で睨まれては、高島も頷くしかなかった。
「正直言えば、俺も皆の前で気恥ずかしく思うこともある。だが任務のためだ。俺も我慢しているから、君も彼女に関しては常識を当てはめるな。俺が我慢していた、なんてことも言うな。いいな?」
「承知しました」
高島が答えた時、艦橋の通信機が鳴った。
「艦長だ」
『お兄様』
噂をすれば何とやら。通信機からさっそく海道 鈴の柔らかな美声が聞こえた。
『マ式ソナーに反応です。接近中の潜水艦あり。米海軍、サーモン級のようです』
「了解した。ただちに潜航する。――先任士官!」
「潜航用意!」
高島は声を張り上げた。甲板に出ていた見張り員が、急いで艦内に戻る。海道、そして高島もそれを確認し、発令所へと下りる。
「さて、潜水艦狩りの時間だ」
海道は軍帽の位置を正して言った。




