第44話、燃料、燃料、燃料
第11任務部隊を指揮するウィルソン・ブラウン中将は、第44任務部隊の壊滅に、頭の中が真っ白になった。
ラエとサラモアの日本軍船団に大打撃を与え、任務は想像以上に上手くいった。これはマーシャル、ギルバート諸島を機動襲撃したウィリアム・ハルゼー中将の戦果にも勝るとも劣らない。
空襲を終えて、意気揚々と帰ろうとした矢先、タンカーとその護衛部隊がやられた。
「誰が、これを想像できた……?」
ここはまだオーストラリアの庭先で……だが日本の機動部隊が進出していた。やられた第44任務部隊からの報告によれば、敵機は20機にも満たない小規模部隊。空母はいても1隻程度か――
「提督、敵空母を捜索し、これを叩きましょう!」
空母『レキシントン』の艦長、フレデリック・C・シャーマン大佐が力強く進言した。やられっぱなしでは済まないと言っている。
だが、ブラウンは頷かなかった。
「生存者の救助を優先。それが済み次第、海域を離脱する」
「提督!?」
「燃料が不安だ」
空母、巡洋艦はともかく、護衛の駆逐艦の燃料が。給油艦が失われたことが、ここで響いてくる。
「索敵機は出して、敵空母の捜索は行え。その規模によっては反撃の可能性もなくはない。……オーストラリア東海岸の飛行場にも索敵の要請を出しておけ」
「戦闘より離脱を優先させるのですか……」
「空母の保全が優先される。ニミッツ太平洋艦隊司令長官からの厳命でもある」
貴重な大型空母は失われてはいけない。
「もちろん、離脱針路上に、敵空母があれば衝突不可避ではあるが」
敵の飛来方向からすれば、おそらくそれはないだろう。幸い、この機動部隊は、まだ日本軍に発見されていないが……それも時間の問題の気がしてならない。
だが、索敵に日本の空母が引っかかることはなく、その日は敵の索敵機に発見されることもなかった。
可能な限りの漂流者を救助後、米空母群は離脱するのであった。
・ ・ ・
「重巡洋艦4、軽巡洋艦1、駆逐艦4、タンカー2……。全滅か」
第一戦闘群別動隊、旗艦『瑞鷹』の艦橋で、神明 龍造大佐は報告を受け取った。艦長の田之上 義雄中佐は口を開く。
「見張の艦偵が、敵戦闘機隊の海域侵入を確認……。ラエとサラモアを叩いた米空母群のものと思われますが」
「そのラエとサラモアを襲った規模から推測して、米空母は2隻はいるだろう。さすがに『瑞鷹』『白鷹』で正面からは難しいな」
神明は淡々と告げた。おそらくレキシントン級とヨークタウン級の組み合わせだろう。先月、我が軍の潜水艦がレキシントン級1隻に手傷を負わせた――撃沈と報告だったが、回収させに向かわせたフネは、それを見つけられなかったので、損傷はさせたが沈没はしていないと判定――ので、『レキシントン』『サラトガ』2隻が行動しているということはない。
どちらにしても、艦載機30機程度の低速軽空母の『瑞鷹』『白鷹』では、2隻でも、敵正規空母1隻の総数にも及ばない。もちろん、任務や都合によってフルで艦載機を搭載しているとも限らないが。
「今は、敵空母と正面から戦う時ではない。こちらも通商破壊任務に戻ろう」
「わかりました」
田之上は首肯した。
第一戦闘群別動隊は南下、敵から距離をとってブリスベン方面へと移動した。
「それで、大佐。話は変わるのですが、戦況はどうなっていますか?」
艦長は尋ねる。
「K作戦は大成功だったと聞きましたが」
「まあ、基地施設や目につく燃料タンクはあらかた吹き飛ばした」
特殊爆撃隊の零式双発攻撃機は、わずか1個中隊で、一機動部隊の攻撃隊以上の破壊を真珠湾基地にもたらした。
「おおっ、では米軍の行動を抑えられそうですね」
先の敵機動部隊によるヒットエンドラン戦法も取り難くなるのではないか。今回、艦隊随行タンカーを2隻血祭りに上げ、さらに米機動部隊の動きを封じることができるかもしれない……。
「どうかな」
神明は首をかしげる。
「真珠湾基地には、地下燃料タンクがある。その備蓄量によっては、多少行動を抑えられるかもしれないが、あまり変化はないかもしれない」
開戦時の太平洋艦隊であったなら、つまり戦艦8隻が存在していればその分の消費もあって、敵に自由な行動を取りづらくさせたかもしれない。だが今は、行動できるフネが限られているので、その分消費も軽くなっているはずだ。
「地下備蓄については、我が海軍も把握していないからな。開戦時の、南雲機動部隊が燃料タンクを攻撃対象から外した理由も、地上のタンクがダミーではないかという推測があったからと聞いている」
「ダミー、ですか」
わざわざ目につくところにあるタンクがあるのは、攻撃を引きつけるための囮ではないか、という司令部参謀の意見。
「全てがダミーとは思わないが、地下タンクの全容がわかっていないから否定できなかったのだろうな」
先のK作戦では、ダミーだろうが何だろうが、地上にあるそれらしい施設は全部爆弾を叩きつけてやった。
「それは敵の今後の動き次第だな」
今頃、米本土からハワイに向けて軍民関係なくタンカーが真珠湾に向かっている。そこにはすでに、特破潜水艦戦隊を展開させて、待ち伏せている。
拠点攻撃の後の復旧妨害。特に太平洋の島々は、未開拓も多く、よそから資材を運び込む必要がある。そこを封鎖ないし妨害できれば、復旧作業も簡単にはいかない。通商破壊冥利に尽きるというものである。
「通商破壊といえば――」
いま思い出したように田之上は言った。
「第二戦闘群が展開しているオーストラリア西海岸、大きな動きがあるとか」
「ああ、中東からオーストラリア兵が本土へ帰還をしている話だな」
特破の情報機関、そして軍令部の報告によれば、オーストラリアの首相ジョン・ジョゼフ・カーティンが、イギリス首相ウィンストン・チャーチルに噛みつき、オーストラリア軍の本土への帰還を命じたという。日本軍が迫っている状況で、イギリス本国がオーストラリア軍を海外植民地に派遣するということに相当お怒りだったと聞く。
そしてオーストラリア政府はイギリスよりもアメリカに肩入れをはじめていて、それはすなわち今後の日本軍の行動にも影響する。中東で戦った熟練兵がオーストラリアに戻ってくるのはよろしくない。
「心配ない。佐々山さんが、やってくれる」
第二戦闘群は、その獰猛なる牙で移送船団に噛みつき、丸呑みにするのであった。




