第40話、真珠湾の燃料タンク
真珠湾が再び攻撃された。
ウィリアム・ハルゼー中将は、これ以上ないほど不機嫌な表情で黙り込んでいた。幕僚たちは、ハルゼーの癇癪が爆発するのを恐れて、声をかけることができなかった。
いつもなら敵に対して口汚なく罵る。時に帽子を叩きつけて、あらん限りの罵倒が溢れ出るのだろうが、そんなこともなく……それがかえって周囲を不安にさせた。
何か口を開きかけた時、ハルゼーはそれを呑み込むように口を閉じた。自重しているというより、何かに耐えているようでもあった。
日本の機動部隊が近くにいる可能性を考え、艦載機を放ち捜索したもののついに見つけられず、航海参謀が燃料の問題を切り出したところで、ようやく真珠湾への帰投を命じた。
そしてパールハーバーに帰った時、昨年12月の悲劇以上に破壊されたパールハーバー海軍基地の惨状に、一同は絶句するのである。
「マイ、ゴッド……」
ようやくそう呟いたハルゼーは、天を仰いだ。
「こんな真珠湾を二度も見ることになるとは……」
真珠湾攻撃への雪辱を果たす前に、再びこの光景を目にし、ハルゼーはうつむき、声にならない罵りを何度も繰り返した。
見守るマイルズ・ブローニング大佐は、声こそ聞こえなかったが、ハルゼーが何を言っているのかその態度で一語一句正確に理解した。そしてまったくその通りだとも思った。
そこで見張り員が報告する。
「提督! PTボートが接近」
お迎えの船か。真珠湾に停泊していた工作艦の『ヴェスタル』『メデューサ』もまた大破し、浮かぶスクラップとなっていた。それを尻目に小型の魚雷艇が寄ってくる。
やってきたのは、太平洋艦隊司令長官、チェスター・ニミッツ大将だった。
・ ・ ・
「よく戻ったビル」
「あんたも無事そうで何よりだ、大将」
空母『エンタープライズ』に乗艦したニミッツと相対したハルゼーは、さっそく状況について説明を受けた。
「正確な数はわからない。だが被害からすれば、昨年の奇襲攻撃と同等か、それ以上の日本空母が動いていたと思われる」
「奴らの空母が東南アジア以外にも、オーストラリアあたりでウロチョロしているのは知っていた」
ハルゼーは唸る。
「サモアとカントンを叩いた連中は、こちらの想定以上の規模だったってことだな」
「それも正体不明ときた」
ニミッツは腕を組んだ。
「ロシュフォードにも調べさせているが、この襲撃してきた部隊、その所属や艦名について、手がかりがない。日本軍の中でも呼び出し符丁がなければ、そもそも通信すらしているかも怪しい」
「完璧な無線封鎖をしているということだろう?」
発信を傍受できなければ、こっそり忍び寄られても気づかれにくい。
「だが、自軍の港や味方うちでさえ、やりとりをしていないのは異常だ」
ニミッツは考えるように視線を彷徨わせた。ハルゼーは気になっていることを尋ねる。
「で、これからオレたちはどうするんだ?」
「さて、どうしたものか」
ニミッツは首を振った。
「第11任務部隊と第17任務部隊によるラバウル方面の攻撃プランは続ける。ワシントンからストップがかからない限りな」
いつ前任者のように太平洋艦隊司令長官を更迭されるかわからない。だがクビを宣告されるまでは、太平洋艦隊司令長官の職務を果たさなければならない。
「第16任務部隊の方はどうだ? ドック入りが必要なフネはあるか?」
「いや、ウェークの敵は手応えがなさすぎて、ノーダメージだ。燃料と弾薬の補給さえあれば、すぐにでもジャップを殴りにいけるぜ?」
ハルゼーは不敵な笑みを浮かべたが、すぐに萎んだ。
「その燃料はどうなんだ?」
見たところ、真珠湾のオイルタンクも爆撃を受けて、最大四百万バレルの燃料が吹き飛ばされたようだった。
「まだ五十万バレルの石油は残っている」
ニミッツはきっぱりと告げた。真珠湾基地には表のオイルタンクの他に、地下にもタンクがあって、こうした万が一の空襲などでも艦隊への燃料が全滅するようなことがないようになっている。
とはいえ、今のように空母機動部隊をフルで動かし続けると、遅かれ早かれ燃料はなくなる。
だがそのことでニミッツは、まったく不安を感じてはいなかった。
「燃料タンカーさえあれば、艦隊の燃料は心配ない。この真珠湾にオイラーが石油を運んでくれる。吹き飛ばされたタンクの代わりも、新しいタンクを作るまではオイラーの何隻かを浮かぶ燃料タンクにして、補給すればいい。手ならいくらでもある」
「我が軍はフネ不足じゃなかったのか?」
燃料タンカーも、巡洋艦も、駆逐艦も、あらゆるものが太平洋のみならず大西洋の戦いに引っ張られている。
「民間船を緊急徴用すればいい。我が合衆国にいくら船があると思うね?」
ニミッツはやはり微塵も不安がないと表情を崩さなかった。
「今、本土の造船所はあらゆる船を作り続けている。軍艦ばかりではない。リバティ船やT2、T3タンカーもな。これらが供給されるまでの間、民間のオイラーで凌ぐこともできる」
真珠湾の燃料タンクが焼き払われようとも、それで終わりではないし、艦隊の動きを封じることなどできないのだ。真珠湾基地の現状を考えると、太平洋艦隊司令部をサンディエゴに戻す可能性はあるが。
「とにかくだ。我々は戦力が揃うまで、積極的な、つまり攻撃的な防御で時間を稼ぐ。『サラトガ』がドック入りしているが、貴官の『エンタープライズ』に、『レキシントン』『ヨークタウン』は健在で、新たに『ホーネット』も加わる」
「……!」
「一撃離脱戦法の有効性は、日本軍も実証してみせた。我々が、いやビル、君が先鞭をつけた戦法だ。奴らに元祖、空母戦を教えてやりたまえ」




