第39話、真珠湾、炎上
九頭島飛行場の滑走路を零式双発攻撃機が滑るように滑走する。夜の闇の中を移動するそれらは、ある種奇妙であった。
それは二つのエンジンの立てる音が、恐ろしく小さいことだ。いくら闇に紛れると言っても轟々たるエンジン音は普通は隠せない。
だが、魔技研はサイレント――消音魔法を応用した装置を装備することで、航空機の隠密飛行を可能とした。
もっとも、消音装置もまだまだ改善の余地があるモデルゆえ、搭載しているのが特殊爆撃隊仕様の零式双発攻撃機と、海上機動部隊といった限られた部隊のみであったが。
九頭島飛行場滑走路の転移板を踏み、零式双発攻撃機は転移。ハワイ諸島南方に進出した哨戒空母『大鶴』の飛行甲板に出るとそのまま発艦する。
基地滑走路で稼いだ滑走距離のおかげで、洋上の空母から飛び立つ双発の攻撃機。その数9機。
うち6機が爆撃任務。残り3機が、迎撃機を迎撃するインターセプター任務を担う。なお爆撃任務の6機のうち、2機が軽爆撃のほか偵察・戦果確認を担当することになっている。
さて、本来のK作戦を担う2機の二式大艇は、16時57分に北西ハワイ諸島のネッカー島を通過。18時25分、ニイハウ島、19時5分にカウアイ島を越えた。
カウアイ島の監視レーダーは、この2機の反応を捉えた。
「未確認機ですが」
「ミッドウェーからの機体ではないのか?」
味方機がオアフ島を目指しているのではないか、と担当士官は思った。だがこの時間に通過する機があっただろうか? 昨年の日本軍によるハワイ空襲、その時の爆撃機誤認がちらと脳裏をよぎった。
仮に日本軍であったとしても2機で何ができるのか――そう思うものの、敵だった時、素通りさせるのは問題であった。
「念のため、通報しておけ」
基地の方で確認するだろう。担当士官の想像通り、真珠湾からはPBYカタリナ飛行艇、カーチスP-40戦闘機が発進した。
そして19時18分、真珠湾に空襲警報が発令された。灯火管制が行われ、真珠湾は闇に包まれる。
二式大艇は21時にオアフ島に到達した。上空は雲に覆われており、視界は最悪であったが、フォード島は確認することができ21時10分、一番機は爆撃を行った。地上からは探照灯が照射されていたが、二式大艇は敵機に発見されることなく、そのまま退避に成功する。
爆撃自体は成功。ただし当初から危惧された通り、基地機能になんら被害を与えることはできずに終わった。
日本機は去り、警戒はしつつも灯火管制は解除された。各レーダーサイトからも敵の反応はなく、迎撃に出たP-40も飛行場へ戻る。
そのタイミングであった。特爆隊の零式双発攻撃機が、真珠湾上空に到着したのは。
五番機に乗る神明 光太郎少尉は爆撃照準器を覗き込む。機を操縦する武藤一飛曹が口を開いた。
「雲が多いですが、見えますか、少尉?」
「問題ないよ」
透視魔法を使えばね――光太郎は雲を視界から取り除き、その下、パールハーバーを見下ろす。
「戦艦が1隻? これは浮揚させたものかな」
呟く光太郎。その時、マ式通信機から飛行隊長の菊丸 昌時大尉の声がした。
『雲が多い。下の様子が見えている奴はいるか?』
『こちら三番機、見えています』
「五番機――」
光太郎も返事する。
「こちらも見えます」
『了解。三番機、五番機は適当に攻撃を開始。残りはどうにか雲を躱して爆撃する。高度を下げすぎるなよ。では、全機、かかれっ!』
零式双発攻撃機はそれぞれ行動を開始した。空中警戒の三機も適当にバラけ、爆撃隊も攻撃を開始する。
特爆隊の猛攻が始まった。
・ ・ ・
その日に起きたことは、悪夢そのものだった。爆弾の雨。炎が渦巻き、しかし断続的に爆発が起きた。
まさに嵐であった。それらが過ぎ去った時、米本土ではたびたび起きる竜巻がもたらした後のような始末であった。
「――まさか太平洋艦隊司令部にも爆弾が落ちてくるとは」
チェスター・ニミッツ太平洋艦隊司令長官は、呆れも露わにした。
「これは私もクビかな」
二度目の奇襲攻撃をまんまと許した。夜間とはいえ、日本軍の大航空隊が押し寄せ、真珠湾を爆撃した。
――連中の機動部隊はアジアにいる以外にもいたのだ。
サモア、カントン島を攻撃した機動部隊が集結して、ハワイを空襲したに違いない。
前哨にハルゼーの第16任務部隊を配置したが、その警戒線を避けて、攻撃を許した。今頃そのハルゼーは、真珠湾に全力で急行し、日本の機動部隊に逆襲を企てているだろう。
「長官」
「ソック」
ニミッツはやってきたチャールズ・マクモリス作戦参謀に言った。
「見えるか。あの潜水艦基地を。……あれは私が少佐時代に指揮して作ったものだ」
太平洋艦隊司令部の建物の前にある潜水艦基地は、日本軍の爆撃によって無残に破壊されている。
無残、無残、無残――司令部建物の反対側では、オイルタンク群が爆撃によって吹き飛び、所々煙を引いている。
フォード島は燃え上がり、そこにあった真珠湾飛行場がやられた。陸軍が管轄するヒッカム、ホイーラー、海兵隊のエヴァ飛行場もまた空襲された。
「報告は?」
「はい。海軍工廠が爆撃され、修理ドックと乾ドックもクレーンを含めてダメージを受けました。それと応急修理中だった戦艦『ネヴァダ』が大破しました」
真珠湾攻撃で沈められたが2月に引き揚げられ、修理が進められていた戦艦が、大損害を受けたという。
「『カリフォルニア』と『ウェストバージニア』は?』
「カリフォルニアは艦橋に爆弾が一発命中しましたが、それだけです。そもそもこの
二隻はまだ浮揚されていません」
改めて攻撃されてもこれ以上沈むことはない。すでに沈んでいるのだから。
「とりあえず残っているカタリナなど飛行艇で、日本艦隊を捜索しておりますが……」
「まだ空襲を仕掛けてくるか、あるいは離脱したか」
ニミッツは明るくなりつつある空を見上げる。間もなく夜が明ける。どのような災厄の後だろうとも。




