第37話、スラバヤの夜
それは遭遇だった。
昼間に飛ばした水上偵察機を回収していた『那智』と『羽黒』に、ABDA艦隊の『デ・ロイテル』『ヒューストン』と駆逐艦5隻が出くわした。
この時、缶を落とし、砲塔を動かす電力も遮断していた二隻の日本重巡は反撃もままならない状態だった。
だがもっと驚いたのはABDA艦隊の方だった。
「正面に2隻! 敵は戦艦の模様!」
軽巡『デ・ロイテル』の艦橋に響いた見張り員の声に、ABDA艦隊司令官、カレル・ドールマン少将は愕然とした。
「戦艦だと!?」
確か、この方面に進出している日本の戦艦は金剛型戦艦の『金剛』『榛名』であった。日本海軍では一番のロートルだが、その火力はABDA艦隊など容易く蹴散らすことができる。
「後退! 後退しろ!」
ドールマンはただちに部隊を下げさせた。
日本海軍の護衛部隊の正確な戦力を把握していなかった彼らは、夜間、そこにいた日本艦を金剛型戦艦と間違えてしまった。
慌てて後退するABDA艦隊に、神通の水偵が照明弾を投下。これに重巡『ヒューストン』も照明弾を発射。日本重巡に向けて発砲したものの、面食らった影響が大きかったか当たらず、互いに離れてしまうのである。
デ・ロイテルのユージン・ラコンブレ艦長は汗を拭う。
「危ないところでした」
「まったくだ。まさか番犬にあんな大物がいたとは」
ドールマンも苦虫を噛み潰したような顔になる。日本軍も南方作戦の総仕上げとして総力をあげているということか。ジャワ島を占領してしまえば、南方資源帯の確保がほぼ完了する。彼らとしても持久態勢の構築のため、極めて重要な戦いなのだ。
本気になるのも無理もない――などとABDA艦隊司令部は考えたのだが、それにしては、何ともしまりのない遭遇戦だった。
だがそれで諦めるほど、ドールマンはお行儀のよい男ではなかった。彼は実に執念深かったのだ。
日本軍が本気のように、自分たちにとってもこのジャワ島の防衛が蘭印最後の砦であり、次がないことを理解していた。
「戦力差は大きかろうとも、たとえ不利であろうとも、我々にはまだ牙が残っている」
ジャワ島の沿岸に沿って移動し、日本軍の監視を逃れ、上陸船団を直接叩くことを狙う。
「提督、アメリカの駆逐艦が燃料が残り少なく、後続が困難と信号を送ってきましたが――」
「スラバヤに帰投させろ」
ドールマンは手持ちの巡洋艦だけでも任務を遂行するつもりだった。
そしてその執念が一つの奇跡を生む。
ずっと触接を続けていた日本軍偵察機が、神通機から那珂機に切り替わり、さらに米駆逐艦隊が分離したタイミングで、ABDA艦隊主力を彼らが見失ったのである。
ここまでは幸運だった。
だが次に不運が待っていた。日本軍の監視を逃れ、船団めがけて進んでいたABDA艦隊だったが、突然、最後尾の駆逐艦『ジュピター』が吹っ飛んだ。
「何事だ!? 敵か!?」
慌てて索敵をする。敵の姿をまだ捉えていないのに先制されるなど最悪だ。
「『ジュピター』より、我、雷撃を浮く」
「潜水艦か!? くそっ、またしても――」
「提督!」
「針路変更! 北上せよ!」
この時、駆逐艦がやられたのは、日本軍の攻撃ではなかった。昼間、オランダ軍が敷設した機雷原があって、それに引っかかったのである。
始末が悪いのは、日本軍が迫る状況のどさくさに紛れて連絡が不徹底だったことで、ドールマンは自軍の機雷原の存在を知らなかった。
ついでにいえばさらに上司のヘルフリッヒ中将も知らなかったのである。
「提督、残っているのは本艦と『ヒューストン』のみとなりました」
艦橋の空気が沈痛なものとなる。ABDA艦隊も、もはや巡洋艦2隻のみとなった。
「まだだ。まだ終わってはおらん」
ドールマンは、立ち止まらなかった。
「敵船団に向けて進撃せよ」
日本軍輸送船団への攻撃を、彼は諦めていない。
・ ・ ・
たった2隻となったABDA艦隊は、なおも進んだ。そして0時半を過ぎたころ、三度日本艦隊と接触した。
距離1万2000メートル。同航戦。照明弾を発射後、砲撃を開始。だがその射撃は、ずいぶんと間延びしたものになる。
これまでの戦いで、激しく砲弾を消費していたせいだった。砲員の疲労もあり――昼間の戦いでは羽黒の砲員二名が熱にやられ死亡しており、いかに激しいものだったかを物語る。
第五戦隊司令官、高木 武雄少将は命じた。
「魚雷発射」
重巡『那智』が魚雷八本――昼の戦いで魚雷発射に失敗していたが今度は上手くやった――、『羽黒』が四本発射。これらは真っ直ぐ、『デ・ロイテル』『ヒューストン』へと伸びていった。
「敵艦、針路変わらず!」
「いいぞ。このまま砲戦に付き合ってやれ」
素知らぬ顔で高木は告げた。『那智』『羽黒』は砲弾の節約も兼ねた交互射撃を続ける。そしてその時がきた。
『デ・ロイテル』の後部に魚雷二本が直撃した。これにはドールマンも驚く。
「なに、雷撃だと――っ!?」
基準排水量6000トンの巡洋艦の艦体が急激に傾いた。
「『ヒューストン』に――」
言いかける前に『デ・ロイテル』はあっという間に海に引きずり込まれた。そして後続する『ヒューストン』は――
「面舵! 魚雷を回避ィーっ!」
かろうじて躱した――そう思った瞬間、別の魚雷が飛び込んできた。直撃、そして艦体は大破、航行能力を喪失する。
「おのれっ……!」
こうなってはもはや逃げ切ることは不可能であった。そこからの決着は実にあっけなかった。『ヒューストン』は追撃してきた第二水雷戦隊によってトドメを刺され、旗艦の後を追った。
ここにスラバヤ沖海戦は、終結した。




