第35話、スラバヤ沖海戦
「今度こそ、日本軍なんだろうな?」
ABDA艦隊を率いるオランダ海軍少将、カレル・ウィレム・フレデリック・マリー・ドールマンは、その鋭い視線を投げかけた。
彼の指揮する艦隊は、連日、日本の上陸船団がジャワ島に迫っているという知らせを受けて出撃を繰り返したが、いずれも会敵できなかった。……まだ日本軍がそこまで来ていなかったからだ。
「まったく、まだ現役だったなら、私自身が偵察機に乗って見に行ったほうが早かっただろうな」
オランダ海軍士官の中で最初にパイロット免許を授与されたうちの一人が、ドールマンである。
彼は言ってみれば航空屋であり、オランダ海軍航空分野の先鋒として貢献してきた。予算削減と自身の腕の怪我でパイロットとしてのキャリアは終わりを告げたが。
「はっ、バウエアン島北西方向に日本艦隊を発見したとの報告が入りました。総司令部経由です」
巡洋艦『デ・ロイテル』のユージン・ラコンブレ艦長が告げた。ドールマンは頷く。
「よろしい。ではスラバヤへの入港中止。日本軍の船団を撃滅する!」
ただちにABDA艦隊は反転、ジャワ島防衛のため前進した。
なお、この動きは、日本海軍――重巡洋艦『那智』の水上偵察機によって、日本艦隊の知るところにあった。
●ABDA艦隊:司令官、カレル・ドールマン少将
旗艦、軽巡:「デ・ロイテル」
重巡洋艦 :「ヒューストン」
駆逐艦 :「コルテノール」「ヴィッテ・デ・ヴィット」
:「エンカウンター」「ジュピター」
:「ジョン・D・エドワーズ」「ポール・ジョーンズ」
:「ジョン・D・フォード」「アルデン」「ポープ」
重巡洋艦1、軽巡洋艦1、駆逐艦9の合計11隻。それがABDA艦隊の主力である。
もし日本軍の通商破壊部隊――特破隊――が活動していなければ、英重巡『エクセター』や豪軽巡『パース』などが艦隊に加わっていたかもしれない。だがそれらはすでに沈んでいる。無い物にはすがれない。
艦隊の先頭を英国駆逐艦2隻が務め、旗艦『デ・ロイテル』、重巡『ヒューストン』が後続する。
巡洋艦2隻の左舷前方にオランダ駆逐艦2隻、後方にアメリカ駆逐艦がつく。
これに対して触接中の那智機からの報告を受けた日本軍も、連合軍艦隊を迎撃すべく船団から戦闘部隊が離れた。
その編成は――
○第五戦隊:指揮官:高木 武雄少将
重巡洋艦:「那智」「羽黒」
・駆逐艦:「潮」「漣」「山風」「江風」
・第二水雷戦隊:田中 頼三少将
軽巡洋艦:「神通」
駆逐艦:「雪風」「時津風」「初風」「天津風」
・第四水雷戦隊」西村 祥治少将
軽巡洋艦:「那珂」
駆逐艦:「村雨」「五月雨」「春雨」「夕立」「朝雲」「峯雲」
妙高型重巡洋艦2隻を中軸に、軽巡洋艦2隻、駆逐艦14隻が、ABDA艦隊へと向かう。
そのABDA艦隊も、スラバヤを出撃後、およそ30分で、先頭を行く英駆逐艦が、日本艦隊を発見する。
「戦艦2を含む艦隊を発見!」
天候は晴れ。午後の空気の中、その姿が少しずつ近づいていく。
「訂正、敵は巡洋艦2、駆逐艦12の模様」
「戦闘速度へ増速せよ!」
ドールマン少将は命じた。すでにABDA艦隊を捕捉していた日本艦隊も増速し、双方距離が縮まる。
第五戦隊旗艦『那智』では戦隊司令の高木 武雄少将が命令を発する。
「砲戦用意。弾着観測機、射出!」
巡洋艦『那智』『羽黒』、そして二水戦の『神通』から観測機が飛び立った。
「直衛の駆逐艦を、二水戦に臨時に編入。その指揮を任せる」
駆逐艦『潮』『漣』『山風』『江風』には、第二水雷戦隊のもとでやらせる。高木は、重巡洋艦2隻で、敵巡洋艦2隻との砲撃戦に集中する腹づもりだった。だがそれをやると、駆逐艦4隻が遊兵になってしまうので、前衛部隊に委ねたのである。
4隻の駆逐艦が加わった第二水雷戦隊は、単縦陣のまま、『那智』『羽黒』より前に出て、敵艦隊との間の壁を形成する。
スラバヤ北西海域において、双方の艦隊はぶつかる。
ABDA艦隊旗艦『デ・ロイテル』。
「敵艦隊はこちらの頭を押さえようとしています!」
「T字を描くつもりだな。変針! 同航戦だ」
ドールマンは命じる。T字――日本では丁字戦法と言われる、敵の針路を抑え、全砲門を向ける戦法である。しかしこれをそのままやられる指揮官は、今時いない。
双方がそれぞれの攻撃態勢を整えつつある中、口火を切ったのは、軽巡洋艦『神通』だった。
50口径14センチ砲を、距離1万7000で発砲。その狙いはABDA艦隊の先頭を進む駆逐艦『エンカウンター』『ジュピター』だった。
水柱が至近に立ちのぼり、2隻の駆逐艦はただちに撃ち返した。しかし駆逐艦の12センチ砲ではほぼ届かなかった。
そうこうしているうちに、重巡洋艦『那智』『羽黒』が、ABDA艦隊『デ・ロイテル』『ヒューストン』と同航、砲撃態勢に入った。距離、2万6000メートル!
高木少将は号令を発した。
「砲撃始め!」
妙高型重巡洋艦の五十口径20.3センチ連装砲を撃ち込んだ。遠距離砲戦である。飛翔した砲弾は、ABDA艦隊巡洋艦2隻を狙い、しかし水柱を上げた。
ABDA艦隊旗艦『デ・ロイテル』艦橋――
「日本艦隊、攻撃をかけてきました!」
「反撃! 目標、砲撃を仕掛けてくる軽巡ならびに水雷戦隊」
ドールマンは指示する。『デ・ロイテル』『ヒューストン』を攻撃しているのが、神通率いる二水戦と判断したからだ。
『デ・ロイテル』の7門の14センチ砲、『ヒューストン』は6門の8インチ――20.3センチ砲――本来は三連装砲3基9門だが、以前の爆撃で三番砲塔が使用不能――を撃ち込む。
「全艦、日本艦隊へ攻撃を開始せよ!」
先頭の『エンカウンター』と『ジュピター』は魚雷攻撃を開始した。
スラバヤ沖海戦、最初の衝突が始まった。




