第30話、特爆隊
零式双発攻撃機は、魔技研と武本重工が開発した航空機である。
前身は九八式双発偵察機であり、これを特殊爆撃任務部隊用に開発された機体だ。
全長12.5メートル。全幅16.8メートル。三座の陸上機であり、魔力冷却式エンジン『冬風』9気筒1700馬力を2基搭載。最高時速600キロ超えの高速性能と2500キロの航続距離を持つ。
この機は、他の魔技研が開発にかかわった航空機と同様、哨戒空母で運用することを前提にしたものである。
普段の整備、補給は、後方の基地である九頭島飛行場。作戦となれば、前線の哨戒空母に転移し、そこから目的地へと飛び立つ。そして帰りは、飛行場にセットした転移離脱装置で一気に帰還する……そういう運用の機体である。
零式双発攻撃機の初陣は、開戦劈頭のウェーク島攻略である。
南洋艦隊こと第四艦隊のウェーク島上陸を支援すべく、哨戒空母『飛鶴』から飛び立った特殊爆撃隊――特爆隊が、米海兵隊が守備するウェーク島防衛施設を破壊。
第六水雷戦隊は部隊を上陸させるのに多少手間取ったものの、特爆隊の援護もあって艦艇に被害を受けることなく作戦を成功させた。
そしてこのたび、サモア空襲に特爆隊が投入され、その能力を遺憾なく発揮し、爆撃を成功させた。
「神明! 神明 光太郎少尉!」
名を呼ばれ、神明 光太郎は振り返った。ほっそりとした海軍士官である。飛行服姿の彼は、やってきた上官である菊丸 昌時大尉に軽く敬礼した。
「お呼びですか?」
「貴様、また飛べるか?」
飛行服を来ていると装具で若干着ぶくれして見える搭乗員だが、菊丸の場合は普通にふくよかである。そんな上官を見て、光太郎は淡々と言った。
「と、言いますと?」
「特爆隊に第二次攻撃の命令だ」
菊丸は口をへの字に曲げた。
「命令の出所は……言わんでもわかっておるだろうな?」
「親父殿ですか」
光太郎は皮肉げに口元を引きつらせた。
神明 光太郎は、魔技研ならびに特破隊結成の中心人物である神明 龍造大佐の息子である。……もっとも血の繋がりはない。養子であるからだ。
「貴様の親父殿は、いざやるとなると人使いが荒いからな」
「便利な駒は、とことん活用する人ですから」
涼しい顔で光太郎は返した。
「それで、飛行長。第二次攻撃と言いましたが、もうサモアには叩くものがありませんよ?」
特爆隊の破壊した後にはスクラップしか残らない。一個中隊程度の爆撃で、文字通りサモアの軍事施設を耕してしまったので、本当に何も残っていない。そういうことをするために編成されたのが特殊爆撃部隊なのである。
「サモアには行かない」
菊丸が言えば、光太郎は爆撃地を予想した。
「フィジーですか?」
「残念、逆だ。カントンの飛行場だ」
カントン。フェニックス諸島にあり、諸島の中で一番北にあり、かつ最大の島である。南太平洋にあって、ハワイとフィジーのほぼ中間地点にある。
戦前、といっても1938年とつい最近だが、パンアメリカン航空がハワイ、ニュージーランドの路線途中の乗り継ぎとして活用したのがカントンである。
だが戦争の気配を感じ取っていた米陸軍は、爆撃機を安全にフィリピンなどへ送るルートの必要性を感じ、日本の委任統治領をかすめないルートの開拓に乗り出した。
そこで注目された飛行場の一つが、このカントン島飛行場である。陸軍兵と民間業者を送り込み、重爆撃機のフェリールート、その整備補給拠点として活用できるよう拡張され、それが完成したのが42年1月のことであった。
「ここからオーストラリアにB-17やB-24ほか、色々な航空機が飛んでいる。フィリピンに行けなくなったが、オーストラリアも米軍にとっては守らなければならん場所だからな」
菊丸は言った。
「我々特破隊が、通商破壊で米豪分断を海でやっているんだ。空でもそれをやってやるって話だ」
「なるほど」
「そしてこれは、K作戦の前の予行演習の一つでもある」
「K作戦」
軍令部と連合艦隊が計画した二式大型飛行艇を用いた空襲作戦。その標的は、オアフ島。真珠湾の復旧を進める米軍の妨害と、さらなる士気低下を狙った攻撃計画である。
最初は、第四艦隊と第六艦隊の協力による二式大艇の攻撃だったが、大艇の数が足りず、効果的な攻撃ができるか疑問に思った連合艦隊司令部は、特破隊に協力を仰いだ。
九頭島の視察で、陸上攻撃機を運用できる哨戒空母の存在を知った山本 五十六連合艦隊司令長官の押しもあり、哨戒空母『大鶴』がK作戦に参加することになったのである。
そしてその参加を、光太郎の父、神明 龍造大佐は、特爆隊の実戦の場と位置づけたのであった。
「本番は夜間爆撃の予定とはいえ、敵さんも守りを固めているだろう。手際よくやるためにも、今回のサモア、そしてカントンの爆撃で、零攻の習熟に務めろというわけだな」
菊丸は、整備を受ける零式双発攻撃機を見上げる。双発攻撃機ながら、一式陸上攻撃機よりも小型だ。
双発攻撃機というより双発戦闘機といったサイズだが、寸法的にも大型空母である『大鶴』の飛行甲板で扱える。転移板を用いて移動するので、この機に空母用の着艦装備はないが。
「実際、どうだ、零攻は?」
菊丸は水を向ける。光太郎は腕を組んだ。
「残弾を気にせず爆撃できるというのは、いいことだと思いますよ。ただ――」
「ただ?」
「爆撃に集中できる環境なら、という話ですが。爆弾落として、はいおしまい、という機体ではありませんから」
目的の地上施設や滑走路などを破壊し尽くすまで、投げるものがなくなるまで上空に留まって攻撃するのが、特爆隊の零式双発攻撃機である。
「制空権ありき、であるのは認める」
敵戦闘機が邪魔してくれば、爆撃どころではなくなる。
「だから極力奇襲で使おうというのだろう」
「アメリカ軍にはレーダーがありますよ」
「おう、それそれ。K作戦では零攻に、電波吸収材とかいうレーダー対策の特殊な塗料を塗るらしい。それが実際に機能するなら、だいぶやりやすくなる」
「使えますか? ……いえ、愚問でしたね」
「そうだ。魔技研の発明だからな」
菊丸はニヤリとした。
「問題あるまい」
実験部隊として、特破隊は様々な装備や発明品を活用してきたが、ここまでのところ失敗作はほとんどなかった。その点に不安はあまり感じていない。




