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復活の艦隊 太平洋戦記  作者: 柊遊馬


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第25話、船団は届かない


 日本軍は南方作戦を進行中である。

 2月3日、塚原二四三中将指揮の第11航空艦隊はジャワ東部のスラバヤ、マジュン、マランにある蘭印の基地へ攻撃を開始した。


 第一航空隊の陸攻部隊がマランの飛行場を攻撃。台南空の零戦隊が護衛し、敵機を撃破。

 高雄空の陸攻隊は、途中に第三航空隊の零戦隊と合流。スラバヤへ殴り込んだが、連合軍戦闘機隊と交戦。

 鹿屋航空隊の陸攻隊は、台南空の別動零戦隊の援護のもとマジュンを攻撃。


 結果、第11航空艦隊は、スラバヤ方面の制空権の掌握に成功した。

 その攻撃の帰り、マドゥラ島泊地に連合軍の艦隊を発見。翌4日に、攻撃隊を出す。

 この艦隊は、マカッサルに日本軍の船団が迫っているという報を受けて出撃したABDA艦隊であった。

 オランダ海軍のカレル・ドールマン少将が指揮する連合国艦隊の戦力は、以下の通り。



●ABDA艦隊:指揮官:カレル・ドールマン少将


 旗艦:オランダ軽巡洋艦「デ・ロイテル」

 アメリカ重巡洋艦:「ヒューストン」、軽巡洋艦「マーブルヘッド」

 オランダ軽巡洋艦:「トロンプ」

 オランダ駆逐艦 :「ファン・ゲント」「ピート・ハイン」「バンケルト」

 アメリカ駆逐艦 :「スチュワート」「ジョン・D・エドワーズ」「パーカー」

         :「パルマー」



 第11航空艦隊は、ABDA艦隊を捜索、攻撃を加えたが、索敵機の情報が攻撃隊に伝わらず、艦隊に対して大した被害を与えることはできなかった。


 だがここで、第11航空艦隊は過大な戦果報告をやらかす。巡洋艦2隻撃沈、さらに2隻撃破したというもので、これがさらに尾ヒレがついて、オランダ巡洋艦2隻撃沈、1隻損傷、米重巡洋艦2隻撃破し、残るは『マーブルヘッド』のみ、と伝えられた。

 これほどの戦果誤認は、米軍を笑えない。



  ・  ・  ・



 アメリカ、イギリス、オランダ、オーストラリアの連合軍、ABDA司令部艦隊。

 オランダ海軍中将、コンラッド・ヘルフリッヒは、険しい顔つきだった。オランダ領極東インド軍の総司令官を務めていた彼は、日本との戦争が始まって以降、オランダ潜水艦部隊を率いて、日本軍へ攻撃を繰り返し、積極的な防衛戦闘を展開した。


 この方面にいる英米の合計よりも、オランダ海軍の方が、日本船舶の撃沈数が多いというのも、それを物語っていた。

 しかしヘルフリッヒ中将は、オランダだけでオランダ領を守れないことは百も承知していた。

 だからこそ、英米豪に対してより強い協力関係を得られるよう尽力したのであった。


 が、より上位の指揮官で、ABDA海軍を率いる立場にあるアメリカ海軍アジア艦隊のトーマス・C・ハート大将とどうにも方針が合わず、苦虫を噛み潰したような顔になることがしばしばであった。


 強力な日本軍に、現地勢力で正面きって戦うのは無理。だから海軍部隊をできるだけ温存し、時間稼ぎに徹したいというのがハート提督――いや、アメリカ上層部の考えであった。

 より積極的に戦うべきとヘルフリッヒが唱えても、アメリカは消極的だったのだ。


 そして2月になり、ハート大将がABDA海軍司令官を引くらしいという話になった。その後任はヘルフリッヒになるということも。

 アメリカは、東南アジアから撤退するつもりではないか。ヘルフリッヒは司令部に乗り込むと、ABDA海軍アジア艦隊副司令官である。アーサー・フランシス・エリック・パリサー少将を訪ねた。


「敵が目前まで迫っているというのに、司令官の交代というのは、本当なのか?」

「……らしいですな」


 イギリス海軍軍人であるアーサー・パリサーは手を組んだ。

 彼はイギリス東洋艦隊司令長官に任命された、サー・トーマス・フィリップス提督の参謀長としてZ部隊旗艦『プリンス・オブ・ウェールズ』に乗艦していた。


 日本海軍の陸攻隊によって戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』は沈み、フィリップス提督も戦死したが、パリサーは生還し、今に至る。

 そのパリサーが、どこか投げやりというか上の空といった雰囲気だったので、ヘルフリッヒは尋ねる。


「何かあったのか?」

「まあ、あったといえばありますよ」


 彼はデスクの上のリストを差し出した。


「我が海軍のシンガポールへの増援船団なんですがね、これがそのまま沈没船のリストになってしまったことについて」


 イギリス人のブラックユーモアにしては、少しも愉快な気持ちになれなかった。

 ジャワ島、スラバヤの防衛に並び、シンガポールの防衛もまた、この地域の日本軍の進撃を食い止める防波堤であった。もしシンガポールが陥落することになれば、いよいよ東南アジアもおしまいだろう。


「まあ、みてくださいよ」


 1月9日。DM1船団――第53歩兵旅団群、第232飛行隊、ホーカーハリケーン他を乗せた船団。アッドゥ環礁からシンガポールへ向かっていた『ナルワンダ』英16632トン、『アオランギ』英17491トン、『サセックス』英11063トン、『アベケルク』蘭7906トン、『マウントバーノン』米22559トン。これら大型船5隻が、日本軍の襲撃を受けた。

 さらに護衛だった重巡洋艦『エクセター』、軽巡洋艦『エメラルド』、スループ『ジュムナ』も撃沈された。


 1月20日、BM10船団。第44インド歩兵旅団、第18師団の車両などを輸送。『キャンプ・サン・ジャック』、『タルティピオス』『イスラミ』『ローナ』『エクマ』『タクリワ』『ジャラクリシュナ』『スパダル』『ジャラヴィハール』『ブルターニュ』『ロッホ・ランサ』『ジャララトナ』『シルバーラーチ』『ホサン』『ユエン・サン』『ロクッセン』『ヘルメリン』『コリングスウッド』――19隻の輸送船が全滅。


 このBM10船団の悲劇は、ヘルフリッヒも知っている。日本海軍はジャワ島より北だけでなく、大スンダ列島、その南や西にも展開している艦隊がいるらしい。


「有力な空母機動部隊がいた」

「これがつい先日届いたリストですが」


 パリサーは唸った。


「その機動部隊はまだいたようです」


 BM11船団――『ダッチェス・ヘッドフォード』『エンパイアスター』『エンプレス・オブ・ジャパン』、米兵員輸送船『ウェイクフィールド』『ウェストポイント』といった2万トン級船4隻を含む船団が、1月27日に、日本軍の水上部隊と航空機の攻撃でこちらも全滅した。


「さらに――2月1日にシンガポール入港予定だったMS1船団も」

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