第24話、宣伝工作
「――まあ、そう言わないとアメリカもやっていられないんでしょう」
九頭島泊地、その司令部の一室で神明 龍造大佐は言った。
「真珠湾でやられ、米本土に回航中の戦艦をやられ、その庭先にまで侵入を許し、フィリピンではマッカーサー軍の劣勢。これでは国民士気は上がりません」
「だったら嘘や誇張をしてもいいと?」
談話室のソファーでくつろいでいるのは、特破隊第二戦闘群指揮官、佐々山 久雄少将である。神明はコーヒーを口に運ぶ。
「劣勢の軍隊ではよくあることです。馬鹿正直に負けを発表する政府や軍隊なんて、ありはしません」
限度はあるが。嘘をついても、いずれバレることもある。そのリスクを考えたら、嘘などつかないにこしたことはない。が、時に嘘が必要なこともある。
「しかし、これでは、おれたちのやったことも意味がなくなったのではないか?」
佐々山は鼻をならした。
「敵さんに冷や水を浴びせているのに、それが米国民に伝わらないのは」
「都合の悪いことは語られないものです。まあ、遅かれ早かれ、不審はあぶり出されますよ。人は違和感や不審には敏感ですから」
神明はカップを置いた。
佐々山の第二戦闘群は、オーストラリア東海岸からニューカレドニア、フィジー、サモアの広い範囲で通商破壊を展開していた。
米軍がマーシャル・ギルバート諸島に空襲をかける前、特第二戦闘群はオーストラリア行きの米護送船団を発見、これを攻撃したのだった。
軽巡洋艦『フェニックス』、駆逐艦2隻が護衛につくそれは、輸送船『マリポサ』『プレジデント・クーリッジ』『プレジデント・モンロー』であり、これらはフィリピン向けと思われるP-40Eウォーホーク戦闘機や弾薬、物資を満載していた。
「またP-40だよ」
佐々山は苦笑した。
「『富士』が回収した船の中にしこたま積んであったんだってな。3隻で100を超えるとか」
「122機分でした」
神明も、その報告には目を通している。これまでも同様に回収した鹵獲した米戦闘機は、梱包されていた分も含めて、200機を超えた。
「フィリピンや東南アジア方面へ戦力を送り込みたいのでしょう。あらゆる手段で兵器を運ぼうとしている」
「連合艦隊は、南方作戦を遂行中だ。敵にこれらの兵器や物資が届くのは、よろしくないわな」
これらの航空機や弾薬の補充を防ぐことは、間接的に東南アジアで戦う友軍を助けることになる。補給が途絶えれば戦えない。食料などは現地から調達できるが、一線級の兵器、弾薬は、余所から運びこまねば補給もままならない。
「直接、敵と対峙するだけが戦争ではありません」
「兵站だよ、兵站」
佐々山は人差し指を振った。補給が続かない軍隊に最終的な勝利はない。局地的に一、二戦は勝ててても、弾薬、物資が尽きた時点でおしまいである。
「おれら通商破壊部隊が叩くべきは、そこだな」
そう言って、佐々山は思い出したような顔になった。
「そう言えば、山本長官が九頭島にきたんだってな? 戦力を引き抜かれそうか?」
山本長官の九頭島泊地の視察について、不安に思っていたことだった。すなわち、特破隊の艦船、戦力を連合艦隊に引き抜かれるのではないか、と。
これに対して神明 龍造大佐は答えた。
「ある程度は。大丈夫です、新たに回収した船舶で補充もつきます」
たとえば、輸送船『マリポサ』とか。あのサイズであれば、通商破壊用の改装空母として使えるだろう。それに『プレジデント・クーリッジ』。あれは第一空母群の空母『瑞鷹』の原型の貨客船と同型であり、これも改装の対象となる。あとはブルックリン級軽巡洋艦『フェニックス』も。
「『翠鷹』と『蒼鷹』が持って行かれるかと思いますが、自動化仕様の対応や慣熟もあるので、すぐには使えないでしょう」
「うちでもいい空母を持っていかれたな」
スケール的にも飛龍、蒼龍の匹敵する特破の中でも上質の空母である。
「大鶴型は?」
「欲しいと希望されました。先日、佐々山さんが沈めた『アクイタニア』……あれを三番艦としますので、まあ1隻くらいはいいかなと」
陸上機を運用できる大鶴型は、ただ空母があればいいというものではなく、陸上航空部隊の整備も必要なので、そちらの用意をしないことには宝の持ち腐れである。
なので、連合艦隊が大鶴型を手に入れても、それを運用する基地航空隊を整備する必要があった。
第11航空艦隊という、精鋭基地航空隊もあるが、これは今、前線から引き抜けないため、内地で増加、練成中の部隊が割り当てられるのではないかと、考えられる。
「お前の考える対米戦において、大鶴型は要だろう? いいのか?」
佐々山はじっと見つめる。神明は小さく肩をすくめた。
「例の連絡網が機能すれば、整備のことも考えても最悪二隻あればいいかな、と」
「世界の海を一つに。転移連絡網」
佐々山は頷いた。
「まあ、それが機能すれば、おれたちの活動範囲も広がるだろうさ」
「そうそう、佐々山さん。活動範囲といえば――」
神明は改まった。
「米豪分断作戦は進行中ですが、英豪のほうもそろそろ分断したくあります」
「……インド洋か?」
「正確には、オーストラリア西海岸です」
神明は、薄らと笑みを浮かべた。
「連合艦隊の南方作戦は順調に推移しているように見受けられます。そうなると東南アジア方面からオーストラリアへ脱出する敵勢力があるでしょうし、これもオーストラリアに上陸できないようにしてやりたい」
「なるほどな」
佐々山はうなずく。
「だがその辺りは、第三戦闘群が動いていないか?」
「近いですが、あちらはシンガポールの増援を見張っていますから」
英軍の兵員や物資が、届かなければ陸軍のシンガポール攻略も幾分か楽になるだろう。故に、その封鎖から戦力を引き抜きたくはない。
「で、追加の戦力は?」
「整備済の潜水戦隊と、第一戦闘群からも水上部隊をオーストラリア方面に移そうと考えています」
神明は地図を指し示した。
「第一はオーストラリア東海岸、第二は西海岸を中心に通商破壊を実施します。聞けば、オーストラリアが中東に出兵させているアンザックの陸上戦力を帰国させようとしているそうです。日本軍がオーストラリア本土に迫っているということで」
「オーストラリア軍が本国に戻れば、そこからニューニギアや、我が海軍が進めているニューブリテンに進出してくるかもしれない。……叩かんといかんな」
「そういうことです」
オーストラリアに兵が上陸すれば、いずれ海軍が相手する敵が増える。
「あと、これは別途、部隊を送る予定ですが、スラバヤ方面から逃げてくる敵の潜水艦を狩りたいところです」




