第23話、機動空襲
ウィリアム・ハルゼー中将が期待する日本空母の襲来はなかった。
1月19日、米領サモア、トゥトゥイラ島パゴパゴに到着。輸送船は海兵隊を下ろし、防衛の強化を行ったが、ここで第8、第17任務部隊は次の任務に動く。
新太平洋艦隊司令長官、チェスター・ニミッツ大将の立てた方針に従い、日本軍に対してささやかな反撃行動に出たのである。
すなわち、敵の防衛の弱そうな部分に一撃を与える。アメリカ海軍は、いまだ健在であることを世間にアピールするため、敵拠点に対する一撃離脱攻撃を仕掛けるのである。
フィリピンでは、アメリカ極東陸軍が日本軍を相手に苦戦しており、それを支援する意味でも、海軍はアクションを求められていた。
政治的の話などハルゼーとしてはどうでもいいが、日本軍に反撃の一撃をかませるというのであれば、喜んで前線に赴いた。やられっぱなしは彼の性分ではない。彼の幕僚たちも日本軍に一矢報いることができるのであれば、文句はなかった。
そして、1月25日、第8、第17任務部隊はそれぞれ出撃、サモアを離れた。
攻撃目標はマーシャル諸島ならびにギルバート諸島。もし日本軍がフィジー方面に進出するならば、拠点となると思われた場所である。
そして2月1日、空母『エンタープライズ』は、攻撃位置についた。
ヨークタウン級の二番艦。排水量およそ2万トン。全長251メートル、幅33.37メートル。
米海軍で現状、最優良空母クラスの1隻であるその飛行甲板には、攻撃隊が並んでいる。ダグラスSBDドーントレス、ダグラスTBDデバステーターがプラット&ホイットニーエンジンを轟々と唸らせながら、発艦の準備を進めている。
「こちらも仕事をしてやろうじゃないか」
エンタープライズの艦橋脇から、飛行甲板の機を見下ろしてハルゼー中将は言った。
「ジャップを地獄へ送り込むという仕事をな!」
航空機が順次、発艦を始める。ドーントレス37機、デバステーター9機がクェゼリンの日本軍基地へと向かう。ドーントレスはともかく、デバステーターは雷撃機だが、装備は魚雷ではなく500ポンド爆弾を抱えての出撃だった。
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かくて『エンタープライズ』を飛び立った攻撃隊は、およそ2時間かけて、クェゼリン本島へと飛んだ。
「いたぞ、ジャップの船だ!」
目標を定め、合衆国のパイロットたちは機体を操り、在泊する艦艇や陸上の基地へ攻撃を開始した。
懸命に、執拗に。真珠湾攻撃の仇を。駆けつけた時、友軍に誤射されやられた同僚の分も。
だが日本軍もやれっぱなしではない。飛行場のあるルオット島から千歳航空隊の九六式艦上戦闘機12機が迎撃に出た。旧式ながら、果敢にSBDドーントレスに襲いかかる。
戦いを振り返れば、全体的に見ても奇襲以外のなにものでもなかった。
第六艦隊旗艦、軽巡洋艦『香取』などが爆撃されたものの、大した被害はなかったのだ。
しかし、現地は混乱した。発信された暗号を間違えたのもそれで、受信した連合艦隊司令部、宇垣 纏参謀長はその日の記録に、『真珠湾攻撃を受けたアメリカの狼狽を笑えない』と記している。
第一次攻撃隊の後、『エンタープライズ』は第二次攻撃隊を発進させた。またタロア島の飛行場に、グラマンF4Fワイルドキャット6機を派遣。
こちらは千歳海軍航空隊の九六艦戦の迎撃を受けたが、ハルゼーはさらに第三次攻撃隊をタロアへと派遣。
さらに前日に前進させていた重巡洋艦『チェスター』、駆逐艦『バルチ』『モーリー』の砲撃部隊がタロア島に艦砲射撃を加えた。なお、『チェスター』は爆弾1発被弾の反撃を受けた。
日本側の反撃は『エンタープライズ』にも伸びた。千歳隊の陸攻隊――九六式陸上攻撃機が、水平爆撃にて米空母を狙ったのだ。だがいずれも至近弾に終わり、被害は軽微だった。
しかし、日本軍もしぶとい。対空射撃によって被弾した指揮官機が『エンタープライズ』への体当たりを敢行。甲板の航空機を引っかけたが、あとわずか及ばず、海面に落下した。これにはハルゼーも苦い顔になるのであった。
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一方、クェゼリン空襲に並行して、ウォッゼ環礁への爆弾を積んだワイルドキャット6機が第一次攻撃隊として襲撃を行った。
続く第二次攻撃隊のSBDドーントレス8、TBDデバステーター9が、飛行場や船舶を攻撃。特務船『鹿島丸』を撃沈した。
そしてこちらにも米水上部隊が接近。重巡洋艦『ノーザンプトン』『ソルトレイクシティ』、駆逐艦1隻は、指揮官レイモンド・スプルーアンス少将の指揮のもと、在泊艦船を砲撃を開始。砲艦『豊津丸』ほか、特設駆潜艇を撃沈ないし損傷させた。
沿岸砲が米艦隊を砲撃したが、スプルーアンスは至近弾が出るや部隊を射程外へ退避させ、損害なく切り抜けた。
報告を受けたハルゼーは相好を崩す。
「よし、今日のところはこれくらいで勘弁してやろう。ジャップが増援を寄越す前にずらかるぞ!」
かくて、奇襲を成功させた第8任務部隊は撤収を開始した。
また、同じくヤルート環礁、マキン環礁を叩いた第17任務部隊も、船舶、陸上施設、水上機などを攻撃し、一定の打撃を与えた後、離脱した。
奇襲を許した日本海軍は、ただちに現地第六艦隊が行動を起こした。潜水艦による追撃をである。
さらに第四艦隊の第六戦隊――重巡洋艦『青葉』『衣笠』『古鷹』『加古』が追尾を開始。トラック泊地の南雲機動部隊も出撃した。
だが、米空母機動部隊を捉まえることはできなかった。
日本側は特設駆潜艇2、輸送船1が沈没。特設砲艦2、特設駆潜艇1が重度の被害を受け、軽巡洋艦『香取』、巡洋艦『常磐』、特設潜水母艦『靖国丸』、輸送船2が小破した。
航空機18機喪失。161名が戦死。第六根拠地隊司令、八代 祐吉少将が戦死し、第六戦隊司令長官清水 光美中将が負傷した。
奇襲を成功させたアメリカ軍は、実に威勢がよく、ハルゼーは真珠湾に帰投後、大戦果を報告した。
艦船12隻撃沈、航空機35機破壊。戦果重複はよくあることとはいえ、かなり過大であった。
さらに公式発表では、新田丸級改装空母を撃沈と、非常に盛ったものとなり、大勝利であると喧伝、『真珠湾攻撃の復讐を果たした』と実に調子のいい発表した。
広報部の発表はともかくとして、ニミッツ大将はハルゼー、フレッチャー両指揮官の勇気と果断な行動を賞賛。
今回の作戦には、敵地へ踏み込んだ上での英雄的活躍と見なされ、マスコミによってハルゼーの名声を高めることになる。
なお、エンタープライズとハルゼーの話題ばかりがクローズアップされた結果、ヨークタウンの活躍はほとんど注目されず、当事者たちに不満を抱かせたりする。




