第21話、第8任務部隊の出撃
日本海軍が南方作戦を進め、特破隊がイギリスのシンガポールへの増援を妨害している頃、アメリカ海軍はどうしていたか?
1942年の1月。この時期、アメリカの太平洋方面は、オーストラリアとの連絡線確保と、その間にある米領サモアの防備強化に積極的に活動をしていた。
豪州方面の強化に移る理由は、米植民地であるフィリピンへの連絡線が、日本軍によって阻まれたことにある。
中部太平洋を通る、つまり、ウェーク島、マリアナ諸島グアムの米国領の陥落は、フィリピンとの直接のルートを遮断することになったのだ。
もちろん、米国の本音としてはフィリピンは防衛したいため、その支援のため、フィリピンに援軍や物資を輸送しようとした。当然、中部太平洋ルートを無理矢理通航するのは無理だ。日本軍の攻撃で船団が全滅するのがオチだ。
だからこそ、迂回路としてオーストラリア方面を活用するのである。英連邦の一員であるオーストラリア、ニュージーランドは、アメリカとイギリスが同盟国である限り、簡単には見殺しにできるものでもなく、この地方の防衛力強化は、連合国側の誰にとっても重要であった。
日本軍が東南アジア方面に侵攻する一方、真珠湾を叩かれ、その主力を喪失したように見えた米軍は、すでに次の戦いのために活発に動き回っていたのである。
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1月11日。空母『エンタープライズ』を中心とした第8任務部隊が、ハワイ真珠湾を出航した。
その戦力は、以下の通り。
●第8任務部隊
空母 :「エンタープライズ」
重巡洋艦:「チェスター」「ノーザンプトン」「ソルトレイクシティ」
駆逐艦 :「バルチ」「モーリー」「ダンラップ」「ベンハム」「ファニング」
他2隻
給油艦×1
第2空母戦隊司令官であるウィリアム・フレデリック・ホールジー・ジュニア中将は、何とも皮肉げな笑みを浮かべていた。
「エスコートというのも大事だ」
翼を広げた鷲のような太い眉、いかにもアメリカのいかつい親父という風貌のハルゼーである。
マイルズ・ブローニング大佐は眉をひそめた。
「何かありましたか?」
「何もないとも」
ハルゼーはニヤリとした。
「何かあってほしいとは思っているがな。たとえば、ジャップの空母が大胆にもオレたちの前に現れて、フレッチャーの部隊を襲いかかるとか」
あぁ、そう――ブローニングは理解した。要するに、米西海岸に現れたように、サモア行きの船団を日本軍が襲ってくれないかと言っているのだ。もちろん同胞の犠牲をハルゼーが望んでいるわけではない。彼は日本人を始末する機会を待ちわびているのだ。
さかのぼること1月6日、サンディエゴからCV-5『ヨークタウン』――これが太平洋戦域における初の任務となる空母とその船団は出撃した。
第17任務部隊の編成は――
空母 :『ヨークタウン』
重巡洋艦:『ルイビル』
軽巡洋艦:『セントルイス』
駆逐艦 :『シムス』『ヒューズ』『ラッセル』『ウォーク』
海兵隊を乗せた輸送船3隻『モントレー』『マトソニア』『ラーライン』、弾薬運搬船『ラッセン』、給油艦『カスカスキア』が護衛すべき船団としてつく。
これに、ハルゼーの第8任務部隊が追従し、日本軍の襲来に備えた。サモアへの道中、潜水艦はともかく、日本の水上部隊や空母が現れるものか……とは誰も思っていなかった。
本土西海岸近海で、回航中の戦艦3隻が沈められたことは記憶に新しい。日本軍に合衆国の庭先まで侵入されたのだ。
ハワイの近海にしろ、西海岸にしろ、日本潜水艦の進出や船舶への被害は報告されているので、決して油断はできない移動であった。
――やはり潜水艦1隻を沈めただけでは、満足しないか。
ハルゼー指揮の『エンタープライズ』は日本軍の伊70潜水艦を撃沈している。これがこの日米戦争における日本海軍の初喪失艦であったが、エンタープライズとその爆撃隊は、艦艇におけるファーストキルの名誉を得られた。
しかし真珠湾の被害と、その後の親友であるキンメル大将が更迭された件も含めれば、潜水艦の撃沈程度でハルゼーの溜飲が収まるわけがなかった。
パールハーバーがやられた後、戦艦群は壊滅したが、健在だった空母群はそれぞれ警戒行動に移っていた。主にハワイ方面の哨戒が主だったが、ウェーク島に日本軍が攻撃を仕掛けた時、その救援に向かうことになった。
これには、フランク・J・フレッチャー少将のCV-3『サラトガ』、第14任務部隊が救援にあたり、CV-2『レキシントン』、ウィルソン・ブラウン中将の第11任務部隊がジャルート環礁へ牽制出撃を行い、そしてハルゼーの第8任務部隊が哨戒と支援に当たる……はずだった。
が、ウェーク島があっさりと日本軍に占領された結果、救援は取りやめになった。合衆国艦隊司令長官となったアーネスト・キング大将は曰く。
「もう手遅れだ。撤退させるべきだ」
この時、太平洋艦隊司令長官は、更迭されたキンメルに代わり、ウィリアム・パイ中将が代理を務めていて、まだニミッツが着任する前であった。
何はともあれ、日本軍にささやかなお礼参りができると期待していたハルゼーにとっては、肩透かしではあった。
そして年が明けて、米海軍は米領サモアの戦力強化として海兵隊を送るための船団を派遣。第8任務部隊を、その護衛役として出撃させたのだった。
出撃して早々、さっそく日本軍に関係する報告が飛び込んできた。
「――サンフランシスコ、ブリスベン間を航行していた船団が、相次いで攻撃を受けました!」
ブリスベンは遠い。ハワイ近海の『エンタープライズ』では、オーストラリア近くで起きたことに対してできることはない。
しかしハルゼー親父は、思い切り渋い顔をするのであった。
輸送船『プレジデント・ポーク』以下、タンカー1、貨物船2の船団が、日本軍の航空機の攻撃を受け、撃沈された。敵は日本の空母機動部隊だろう。
P-40Eウォーホーク55機を輸送していた『プレジデント・ポーク』が、ブリスベンに辿り着くことなく撃沈された。
さらに、そことはまた別に、やはりP-40を67機積んでいた輸送船『モーマック・サン』が、日本潜水艦の雷撃によって撃沈された。これもまたブリスベンを目指していた船である。
「ジャップは、ステイツとオーストラリアの連絡線を分断するつもりか!」
ハルゼーは忌々しげに唸ったが、今の位置で彼らは何もできないのであった。




