第20話、グラスゴー 対 雲仙
我、空襲を受く。
BM9B船団の報告は、所属船と護衛の軽巡洋艦が被弾し、沈むたびに悲鳴じみたものに変わり、つい1時間前まで護衛として船団についていた軽巡洋艦『グラスゴー』は、船団の救助要請に引き返した。
タウン級グループのサウサンプトン級『グラスゴー』が駆けつけると、そこにすでに味方の船舶はなく、むしろ未確認の艦影――日本海軍の巡洋艦部隊と出くわした。
それが特破第三通商破壊戦隊であった。
重巡洋艦『雲仙』の古東大佐は、戦隊を英軽巡洋艦に向けた。
見敵必戦。今次大戦に入って、初のイギリス巡洋艦との砲撃戦である。相手にとって不足なし。
「敵艦、針路変更! 引き返していきます!」
見張り員の報告に、古東司令は小さく首をかしげる。
「逃げる? 英軍が?」
見敵必戦は、ロイヤルネイビーの伝統ではなかったのか。かつて日本海軍が師と仰いだイギリス海軍がまさか、一発も撃たずに引き下がるというのか。
雲仙艦長の浮田 兵八中佐は口を開いた。
「さすがに、四対一では勝てぬとふんだのでは?」
「……そうかもしれん」
こちらは重巡洋艦、軽巡洋艦1隻ずつに駆逐艦2隻。いかに英海軍軽巡洋艦の中でも最大火力を誇るタウン級とて、多勢に無勢か。
「速度にすれば、ほぼ互角か」
タウン級の速度は最大32ノット。この『雲仙』の最大速力もほぼ同等。これが最上型や利根型であれば3ノットの優速で、じわじわ追い上げられたが……。
逃げに入られれば、追いつくのは困難。ある程度追って、無理であれば潜水艦に位置情報を通報しておこう。
そう考えた古東だったが、英巡洋艦の速力は思っていたより遅かった。
「――27ノット前後です。間違いありません」
航海長が報告し、古東は浮田艦長を見やる。
「これは誘っているのか?」
逃げつつ、砲戦の射程に入ったら攻撃しようというのか。ただ引いているように見えて、一発も撃たないのはロイヤルネイビーの沽券に関わるか。
「あるいは機関にトラブルを抱えているのかもしれません」
浮田はその可能性を指摘した。
「英海軍は、我々より戦争を始めたのが長いですからね。完全な修理や整備ができないまま任務に駆り出されているのかもしれません」
かれこれ二年以上、イギリスはドイツと戦っている。世界中に植民地を持つ英国は、守るべき通商路が長く、いかに大海軍を持っていても、その全てに完全なガードを置くのは不可能だった。戦況によって部隊の配置も変わり、洋の東西を行き来していれば、オーバーホールが必要な艦艇も少なからず存在するだろう。
そして浮田の指摘は正しかった。
巡洋艦『グラスゴー』は1940年12月、地中海で受けた魚雷2本のダメージが残っていた。もちろん修理されたものの、現地のアレクサンドリアでは必要な装備が不足し、完全修理はできず、最大速力24ノットに制限された。
以後、細かく修理の機会はあったが、完全復旧とはほど遠く、船団護衛任務に狩り出されていたのだった。
「追いつけますな。実際のところ、すでに本艦の射程に敵艦は入っております」
浮田が、古東を見やる。
「やりますか?」
「いささか遠いが、当てられるか?」
「『土佐』の正木大尉ほどではありませんが、うちの砲術も腕は悪くありません」
浮田はきっぱりと告げた。
「本艦は、長距離砲戦も視野に入れた巡洋艦ですから」
「よろしい」
やれ、と古東は命じた。
重巡洋艦『雲仙』の主砲が旋回を始め、砲身仰角が上げられる。
基準排水量1万1870トン。全長182.8メートル、最大幅20.6メートル。1941年、マタパン岬沖海戦で沈んだイタリア重巡洋艦ザラ級の1番艦『ザラ』の回収、改造艦が『雲仙』である。
魔技研は、改造にあたり、命中精度がよろしくなかったイタリア製20.3センチ連装砲を撤去。艦体サイズが近かったドイツ装甲艦『アドミラル・グラーフ・シュペー』の、52口径28センチ三連装砲のフルコピー――文字通り、魔力による生成でまったく同じものを作る――し、これを載せられるよう大改造を加えた。
結果、20.3センチ連装砲四基八門から、28センチ三連装砲二基六門になったが、通商破壊部隊用の重巡洋艦に生まれ変わった雲仙型は、敵対国の重巡洋艦を上回る火力、そして射程を有している。
日本海軍には装甲艦のクラスがないため、重巡洋艦に類別されるが、実質、ポケット戦艦であるのが雲仙型であった。
「主砲、発射準備完了!」
「撃ち方始め!」
古東の号令を受けて、SK C/28 1928年型28センチ砲が火を噴いた。かつて大西洋を荒らし回った『アドミラル・グラーフ・シュペー』と同じ型の主砲が、イギリス巡洋艦に牙を剥く。
52口径の長砲身から放たれる重量300キログラムの高初速砲弾は仰角40度でおよそ3万6500メートル近くという戦艦に匹敵する射程を誇る。
もちろん、これを初弾から命中させるのは、通常砲撃では奇跡であるが、訓練された能力者の弾道修正があれば、かなり砲弾を敵艦に寄せることができた。
灰色がかった海水の柱が、英巡洋艦の周りに立ち上る。
「初弾、敵艦を挟叉!」
「さすがに、命中はなかったか」
しかし敵艦を砲撃の弾着の枠内に収めた。敵艦が大きく針路を変えない限り、撃ち続ければそのうち当たる状態になった。
『雲仙』は距離を詰めつつ砲撃を続ける。
英巡洋艦『グラスゴー』は逃げ続けるが、最大速力が発揮できない状態では引き離すことができない。
また主砲である50口径15.2センチ三連装砲の射程は、最大2万3300メートルと可もなく不可もなしといったところだが、いまだ追尾してくる日本艦に届かない。装填速度では2倍以上差があっても、撃てないのでは仕方ない。
そうこうしているうちに、『雲仙』の砲弾が、『グラスゴー』に命中した。軽巡洋艦としては厚めの装甲も、相手が軽巡洋艦ではなく、さらに重巡洋艦でもない弩級戦艦級の打撃に耐えられるものではない。
一発で艦内を引き裂かれ、轟沈こそしなかったが、『グラスゴー』の各部で被弾の悲鳴があがった。そして次に飛び込んできた砲弾が、機関を吹き飛ばし、巡洋艦の足を止めた。
もはやこれまでだった。あらゆる巡洋艦を圧倒する攻撃力で敵を叩き潰す。装甲艦としての能力を遺憾なく発揮した『雲仙』は、『グラスゴー』を撃沈するのであった。




