第14話、連合艦隊司令部の視察
日本、帝都東京。海軍省に出頭した神明 龍造大佐は、軍令部総長、永野 修身大将と面談した。
「連合艦隊司令部が?」
「うん、山本君がね。特破隊を視察したいと言ってきたんだよ」
なんとものんびりした調子で言う永野である。
海軍兵学校28期。かつては第24代連合艦隊司令長官、第38代海軍大臣を務め、現在は、第16代軍令部総長。なお海軍広しといえど、この三大職を経験した者は、この永野しかいない。
若き日は俊敏にして、聡明な知性と教育について辣腕を振るったが、今では会議で居眠りばかりしており、果たして大丈夫なのかと周囲を不安にさせる人物である。しかし今も昔も教育者であると、神明は知っている。
魔技研と特破隊の戦力増強に、様々な支援をしてきたのも、永野総長の働きは大きい。
「まあ、なんだね。開戦早々、君たちが周囲を驚かせる戦果をあげたからだよ」
臆面もなく言い放つ永野である。この人は人の長所を褒めるコツを心得ているのだ。対する神明はいつも通りの、つまりは淡々と応じた。
「これまで特破に対して見向きもされなかったのですが……」
「実績というのは、手のひらを返すだけの価値を与えるものだよ、神明君」
永野は口元を歪めて、例の笑みを浮かべる。
「通商保護と通商破壊は海軍の基本ではあるが、艦隊決戦主義にそれらは軽視された。良くも悪くも短期決戦型のドクトリンを選択した結果でもある。これ事態は仕方がない。が、昨今、それだけでは勝てない。基本を見直す向きはできつつあった」
開戦後に定めた海軍軍備にも小型艦艇と潜水艦――艦隊型ではなく巡潜型が中心となる生産計画が立てられているのも、通商保護と破壊、両面を重視しつつある流れがあるからと言える。……普通に大型の艦艇は完成する頃には戦争が終わっているだろうから、すぐできて補充できるものを優先しただけ、とも言えるが。
「それはそれとして、連合艦隊司令部を招くなら、第五部の土岐少将がやるべきではないでしょうか?」
軍令部第五部――魔技研のトップという扱いである土岐 仁一少将は、後方にあって政治面や関係部署との交渉、雑事を担う。連合艦隊司令長官をお迎えするのであれば、現場部隊の指揮官である神明ではなく、土岐が相手をすればいいのだ。
「土岐君は、特破隊について君ほどスラスラと答えられないよ」
永野は苦笑した。
「魔技研も特破隊も、なんなら海上護衛隊の装備について、全て不足なく答えることができるのは、海軍でも君以上の者はいない。それにだね――」
永野は机に肘をついた。
「連合艦隊は、あわよくば特破隊から戦力を引き抜こうとするだろう。あれを現状扱える者は限られる。連合艦隊に引き抜かれても、おそらく当面は宝の持ち腐れになる」
「それは困ります」
しっかり活用してもらえなくては、ただこちらの使える戦力が減るだけである。必要とされる戦場で使われるならともかく、内地にくすぶっている第一艦隊よろしく、ただ訓練で時間を潰されてはたまらない。
――引き抜き対象は、『土佐』『肥後』、それと空母半分くらいか。
他にも巡洋艦、潜水艦辺りも怪しい。神明が渋い顔をするのを見逃さなかった永野は言った。
「ドイツからインド洋でイギリス海軍を攻撃してほしいという要請も来ている。君の遠大な対米戦計画案のためにも、用意された戦力を引き抜かれると困るだろう? だから、君の専門的な言葉で、特破隊の戦力を守りたまえ」
もちろん、連合艦隊に提供しても構わないものについては出してもよい。
「その辺りの判断は、君に判断してもらう」
後で神明から文句を言われても困るということなのだ。だから神明自身に連合艦隊司令部と話をさせて、その結果どういう形になったとしても、後腐れないようにしようというのである。自分が関わった上でそうなったら、諦めもつくだろう、ということだ。
体よく押しつけられたとも言えるが、人に任せて戦力を持っていかれては確かに腹の虫が治まらないので、その役割を謹んで受ける神明だった。
・ ・ ・
連合艦隊司令長官、山本 五十六大将と司令部参謀たちが、魔技研と特破隊の本拠地である九頭島泊地へとやってきた。内地にあって辺境じみた島であるが、ここに魔技研の研究施設と特破隊の母港、さらに航空基地が存在する。
一式陸上攻撃機で、島へとやってきた山本長官ご一行を神明は出迎えた。
「神明 龍造大佐。長官の視察の案内役を仰せつかりました」
「出迎えご苦労、大佐」
小柄な男である。しかし意思の強そうな目。そして表情にはすでに好奇心が浮かんでいた。
さて、飛行場に下りる前に島の上空を一周しただろうが、何に強く関心を惹かれたのやら。
「早速だが、大佐」
山本は、九頭島飛行場から見える海上の大型空母を指さした。
「あの空母だが、あれは何かな?」
「あれとは、『飛鶴』ですか」
「ヒカク、というのかね。飛ぶ鶴と書いて」
はい、と神明は首肯した。
「排水量5万5600トンの大西洋横断航路で運行する目的で作られた外洋客船『ブレーメン』を回収、空母に改装したものです」
「客船改造空母か……。いやしかし、大きいな」
「全長286メートル、幅31メートル。機関出力13万5000馬力、最大速度27ノット……。まあ、41年3月に火災で全焼して、解体するというので、ドイツから黙って持ってきた代物です」
え、と司令部参謀たちが驚きの声をあげた。山本の目が光った。
「黙って持ってきた?」
「解体の手間を省いて差し上げたのです」
しれっと神明は言った。解体して、弾薬の素材にしようとしていたらしいが、その大型の船体は神明の求める素材に適合したので、魔技研の回収艇が密かに収納魔術を応用したキャプチャーで拾ってきたのである。もちろんドイツ軍の監視の目をかいくぐって。
「経緯はあまり褒められたものではありませんが――」
宇垣 纏参謀長が口を開いた。
「『飛鶴』という空母、確か第四艦隊の報告書に記載がありました。ウェーク島攻略の支援に特破隊が派遣したものだったかと」
「ほう、ではあれがそうなのか」
山本は相好を崩した。
「上から見た限りでは、『赤城』や『翔鶴』よりも大きく見えたが……少し艦舷が低い気もするが、あの空母はどれだけの艦載機を搭載できるのだ?」
百機か、と期待を膨らませる山本。ぜひとも連合艦隊の空母機動部隊に加えたいという顔である。
だが、神明は事務的に告げた。
「ゼロです。あれには搭載機はありません」




