第139話、ラミリーズ
地中海方面の戦力を引き抜いたら最後、その戦力は帰ってこなかった。イギリス地中海艦隊は、オペレーション・ファストで壊滅。H部隊から引き抜いた艦隊も失われたことで、ジブラルタルの防備は手薄となった。
この状況では、いつ枢軸側――特に地中海で有力な戦力を持つイタリア海軍に寝首を掻かれるかわかったものではなかった。
しかしイギリス海軍としても、とれる手段は限られている。アレクサンドリアの方は、もはや手の施しようがない。インド洋経由の補給が断絶したことで、北アフリカ戦線の第8軍と、現地の陸軍に任せるしかない。補給が届かないのでは、その運命など予想がつくが。
ケニアのモンバサに、R級戦艦『ラミリーズ』がいるが、マダガスカル島に日本軍がいて、補給が断絶しているアレクサンドリアに回したところで動けなくなる未来しかなく、そもそも紅海の手前のアデン湾に日本艦隊がいるので通過も困難であった。
一方で、ジブラルタルのH部隊だが、ダーバンで修理が完了した戦艦『ヴァリアント』を回航することで、最低限の防備強化を図ることとした。
本当はダーバン近郊で、訓練などをしておきたいところだが、やはりマダガスカル島にいる日本艦隊が、その強力な空母群で攻撃してくる可能性がある。一日でも早く、ダーバンから撤退する必要があった。
そこで話は一度戻り、モンバサの『ラミリーズ』だが、日本軍としても残敵掃討をかけてくる可能性があった。
第二次マダガスカル沖海戦により、当面、英米軍が有力な艦隊を送れないだろうことは、日本軍もわかっているはずである。その間に、放置していた英戦艦を片付ける。残っているだけで、監視をつけなくてはいけなくなる日本軍としては、早々に取り除きたいはずだ。 ……イギリス本国艦隊が、ノルウェーの『ティルピッツ』の出撃を警戒して、拘束されているように。
かくて、『ラミリーズ』のケニアから退避が決まった。
といっても、マダガスカル島の近くを通るのは、まず不可能であり、日本軍による処分を早めるだけになる。地中海は論外なので、『ラミリーズ』はインド洋を横断し、セイロン島に向かう。
かつてはセイロン島に置かれたものの、日本軍への抑止力になり得ないとなって、モンバサまで退避したのに、また戻ることになった。皮肉である。
セイロン島には英陸軍のほか、オーストラリア陸軍歩兵連隊も守備についているため、日本軍とて簡単に攻略はできない。かつ、先の『ティルピッツ』ではないが、セイロン島に低速とはいえ戦艦がいれば、日本軍のビルマへの海上ルートを脅かす――可能性のある存在として、戦力の拘束を引き起こせる余地があった。
要するに、モンバサに置いておくよりマシ、セイロン島の守備隊にとっても、戦艦があるという存在感は一定の士気の維持に繋がる、と考えられたのである。
・ ・ ・
「出たな……」
伊号第63潜水艦、潜水艦長である志良 三郎中佐は、潜望鏡にて、それを確認した。
「R級戦艦。ようやく穴倉から出てきたようだ」
潜望鏡を下ろし、志良は発令所のマ式ソナー員のもとへ移動する。
「どうだ?」
「大型艦のほか、駆逐艦が2隻です。まだ気づかれていません」
「速度は?」
「10ノット。巡航速度です」
「このマ号潜なら、追跡は容易だな。潜航! 水中で追跡する!」
志良は指示を出した。
伊63潜水艦は、海大Ⅲ型bの5番艦であった。しかし元の艦は1939年2月2日に、豊後水道にて僚艦に衝突され沈没。翌年に引き揚げられたが、損傷が大きいため解体となったところを、魔技研が引き取った。
新型マ式機関を搭載し、水中速力を向上。その他マ式装備を多数装備し、新型マ号潜水艦として生まれ変わった。
基準排水量1600トン、全長101メートル。水上速力25ノット、水中速力16ノット。水上・水中速力ともに、イギリス戦艦の巡航速度を軽く凌駕する。
「艦首、誘導魚雷1番から6番装填」
1番から6番、誘導魚雷――先任士官が復唱し、攻撃態勢となる。マ式ソナーの画面に、目標となる敵艦の水線下の姿が映し出されている。
「1番から4番、戦艦に照準。残りは、敵駆逐艦に備えて待機」
特破隊の流儀としては、まず護衛艦を始末して、それから大物を狙うのがセオリーであるが、敵艦の位置からまず戦艦から狙うことにした。これは敵駆逐艦の反撃を受けるが、このマ号潜水艦は、駆逐艦に一方的に狩られるような兎ではない。ハンターを喰らう猛獣である。
発射管に注水。そして発射管扉、開放。英軍の護衛艦は気づいていない。
「1番から4番、発射」
水中潜航状態からの魚雷発射。マ式ソナーの捉えた標的を見ながらの攻撃である。潜望鏡を上げて、目標を確認する必要はない。
やがて、誘導された魚雷は、戦艦『ラミリーズ』の艦底下で爆発した。その爆発は、2万8000トンの艦体を持ち上げ、そして落とした。旧式戦艦はその衝撃によって艦体が歪み、そして亀裂を生じさせた。
マ式ソナーの画像でも、戦艦が大きく割れた。まさしくへし折れた。撃沈だ――志良は確信した。
波間に引き込まれる『ラミリーズ』の一方、護衛の駆逐艦が変針した。戦艦をやった潜水艦に報復しようというのだろう。とはいえ、まだこちらの正確な位置は掴んでいないはずだ。
通常の魚雷のように海面近くを疾走したわけではなく、海中から誘導されてため、どこから撃たれたのか、わかりづらい。
その時、ソナー探信音が響いた。イギリス海軍が用いる177型ソナー――ASDICだ。2隻の駆逐艦はそれぞれ別方向に探信音を放った。この時のイギリスソナーは、一度に一方行に対して探れないからだ。
やはり、まだこちらの位置がわかっていない。いや、それは過去形だ。何せこっちはソナー音の直撃を受けた。
聴音手が振り返る。
「駆逐艦1、増速! こちらに向かってきます!」
ソナーで探る際、速度はおよそ12ノット。それ以上で走り出したのは、位置を掴んだからだ。そして潜水艦は水中では8ノット前後の鈍足なので、駆逐艦は一気に距離を詰めて対潜兵器を見舞うのである。
「わざわざ向かってくるとはご苦労」
志良は相好を崩す。
「五番、接近中の駆逐艦に雷撃。――撃て」
誘導魚雷が伊63より発射される。水中深くから向かってくる魚雷に、駆逐艦側はまるで気づかず、艦首下で爆発。その舳先が吹き飛び、英駆逐艦が急激に海水が船内に侵入していった。
残る駆逐艦が急行するが、やはり魚雷を撃ち込まれて大破、沈没する。
セイロン島を目指した戦艦『ラミリーズ』と護衛の駆逐艦2隻は、モンバサを出て早々、雷撃によって撃沈されたのであった。




