第136話、ビスマルク 対 ロドネー
艦艇の戦いにおいて、大砲と装甲は重要である。特に戦艦のように厚い装甲を持つ艦は、想定される敵艦の攻撃力に対して、どの距離で戦うのが比較的安全なのか、それを見極めることが重要となる。
佐々山 久雄少将の座乗する戦艦『肥後』――ドイツ戦艦『ビスマルク』は、38センチ砲戦艦として生まれたが、装甲については基本は自艦の砲に耐えるものを中心に起きつつ、仮想敵であるイギリス戦艦に対して、どの距離で戦うのが安全か考えられていた。
ドイツ海軍による想定では、敵ネルソン級に対して舷側装甲は1万8000メートルより遠ければ防御可能。水平装甲は逆に2万6000メートル以内で防げるとされる。
その観点から言えば、41センチ砲に換装されている『肥後』は、現在、ネルソン級『ロドネー』に対して3万メートルから2万9000メートルの間で砲撃を行っていた。
つまり、独海軍の想定からすると、ネルソン級の40.6センチ砲は、当たれば『肥後』の水平装甲を撃ち抜く可能性が大、安全砲戦距離ではないことを意味する。
この距離から、ネルソン級戦艦の主砲であるMarkⅠ 45口径40.6センチ三連装砲は、40度以上の落角で水平装甲を叩き、その主要水平装甲を抜く。
主砲の上面に関しては、もとの38センチ砲であれば貫通したが、日本海軍の41センチ連装砲に換装されたことで、装甲が厚くなり、直撃しても弾く可能性は高かったが。
とにかく、遠距離砲戦は、『肥後』にとっても安全とはいえない戦いであるのだが、佐々山は、敢えてそうした。
理由は簡単だ。これが夜戦であるからだ。
魔技研における夜戦技術、そして能力者込みの弾着観測機の活用で、遠距離から砲撃を行っているが、英海軍にとって夜間砲戦でそこまでの遠距離砲戦は経験がなかった。レーダーが装備されていると言ったところで、その射撃管制システムが追いついているかは別の話である。
一方で、『肥後』の41センチ砲弾は、この距離ではネルソン級の水平装甲を貫通する。安全距離ではないのは、『ロドネー』もまた同じであったのだ。
機関区上面は95ミリ。ヴァイタルパートの水平装甲は159ミリ。だがそれすらも、1020キロの41センチ砲弾は撃ち貫いた。
闇夜に光る弾着の炎。日本軍の弾着観測機は、そのさまを旗艦に打電する。
「敵戦艦、炎上しつつ、速度変えず! 前進中!」
ロドネーは速度23ノットで、肥後の主砲の発射炎を目標に突進してくる。命中七発、しかし敵の足は止まらない。
「中々しぶといな」
佐々山が思わず口走れば、阿畑 洋吉参謀長は言った。
「さすが同クラスの砲を持つ戦艦といったところですな」
「数字の上では、貫通可能なはずなんだがな」
「船は動いてますし、傾きもします。理想の最大数字の通りにはいきませんよ」
阿畑は上官の顔を見る。灯火管制の中でも、佐々山がわずかに苛立っているようだった。
「前も思ったことだが……。この艦の砲弾、急所に当たらなさ過ぎじゃないか?」
R級戦艦と撃ち合った時も、命中弾を与えたにもかかわらず、結構粘られた。僚艦の『土佐』はそれこそあっという間に、対象艦を撃沈させたというのに。
「司令、だいぶ『土佐』に毒されてますよ」
阿畑は宥める。
「あちらが異常なんです。こちらは普通……いや、命中精度でいえば、普通より遥かに優良です」
「当たっているのは認めている」
憮然とする佐々山。
「だが当たり所の話をしている」
「気晴らしに艦尾を狙わせますか?」
阿畑は皮肉った。
「ネルソン級の1隻は、それであっさり脱落させましたよ」
「それも狙って当たったというより、ラッキーパンチだったんじゃないかと思えてきている――!」
水平線で真っ赤な炎が見えた。命中弾にしては大きい火の手。やったか――
「敵艦、発砲!」
ネルソン級が発砲した。しびれを切らして反撃に出てきたのだ。
「この距離で当ててくるか?」
「ネルソン級の16インチ砲の最大射程は3万8000。余裕で射程内ですが、弾着観測機なしで、無理でしょう」
案の定、『ロドネー』の砲弾は、まるで遠い場所に水柱を立てさせた。
と、別の場所で激しい爆発、そして轟音が響き渡った。
「テキサス級1隻、爆沈の模様!」
見張り員が報告した。巡洋戦艦『愛鷹』が相手をしていたアメリカ戦艦2隻のうちの1隻『ニューヨーク』が主砲を撃ち抜かれて轟沈したのだった。
全長174.7メートル。基準排水量2万7400トン。主砲こそ45口径35.6センチ砲5基10門と、金剛型以上だが、それ以外の性能は第一次大戦時からほとんど変わらない。
レーダーなどの機器こそ搭載されているものの、今次大戦においても船団護衛が任務であったテキサス級は、主力級戦艦とまともに撃ち合えるものではなかった。
その薄い水平装甲を、大和型の46センチ砲を除いた最大火砲である45口径41センチ砲に狙われれば、どういうことになるか。それを身を以て証明した。
「あっちも1隻か」
「いえ、2隻目のようです」
阿畑は答えた。もう1隻、『テキサス』のほうは、すでに洋上で停止し炎上していた。
「戦艦とはいえ、ランクが数段下の相手では、こうもなるでしょう」
防御に若干不安がある『愛鷹』だが、攻撃と速力で勝り、まさに巡洋戦艦という艦種において、最大の持ち味を発揮したのである。足の遅い旧式戦艦は、巡洋艦も同然。巡洋艦キラーとしての面目躍如だ。
「テキサス級の相手が済んだなら、『愛鷹』には漂流しているもう1隻のネルソン級のトドメを刺させよう」
「2隻で、向かってくるネルソン級を叩かないのですか?」
「なに、あっちももうじき仕留める」
佐々山は答えた。
「遠くにいるやつを見失うほうが怖い。『愛鷹』には敵戦艦に近づき過ぎるなと伝えておけ」
そう言った矢先、『ロドネー』の艦上に火花が弾けた。命中であるが――
「観測機より艦橋に命中とのこと」
「終わったな」
あれではあの戦艦はもう、測距して射撃もできないだろう。




