第135話、ネルソン級戦艦
それは突然のことであった。
フォースW残存部隊の戦艦『ネルソン』の周りに、砲撃の水柱が上がった。
アルヴァン・トーマス・バックリー・カーティス中将は声を張り上げた。
「敵襲か!?」
「見張り、レーダー室! 索敵急げ!」
ネルソン艦長、ハンフリー・ベンソン・ジャコーム大佐は叫んだ。
砲撃を受けた。しかもどうやら夜戦としてはあり得ないほどの遠距離から。見張り員の目は仕方ないにしろ、レーダーすらキャッチできないとなると、嫌な予感しかしない。さすがはドクター・ヤギのアンテナを生み出した日本のレーダー技術といったところか。
「敵に先制された」
カーティスは唸る。
「しかもかなり弾着が近かったように思える。……偶然か?」
数十秒後、砲弾がまたも『ネルソン』を取り囲んだ。震動と共に嫌な音がした。至近弾が2発。完全に狭叉された。砲弾の弾着に完全に囲い込まれた状態だ。あとは確率の問題であり、遅かれ早かれ敵弾は命中する。
次は当たるか――ジャコーム艦長は嫌な予感に、カーティスを見た。
「提督、こちらはまだ敵を捉えておりません。発見までは回避に徹するべきかと」
「よろしい。やりたまえ、艦長」
「はっ。変針、取り舵――」
砲撃に限らず、攻撃とは敵の動く先に弾を飛ばすものだ。発砲から数十秒をかけて目標を撃つというのは、相手の未来位置に砲弾を送り出すということである。つまりは、その未来位置にいなければ、攻撃は当たらない。
早く変針しろ――ジャコームは祈るようにその言葉を心の中で呟く。このネルソン級は、舵が大型のバランス舵1枚のみなので、2枚舵方式などと比べて旋回性が劣る。速力と燃費面では有利ではあるが、今、この瞬間においては、とんでもなく鈍い豚のようだと罵りたくもなる。
そして、動き始める前に、敵弾が『ネルソン』を襲った。衝撃、そして破砕音。場所が近かったか、艦橋が震えた。
「食らったっ! 被害報告!」
「艦中央左舷に1発被弾!」
「左舷後部缶室に被弾、爆発! 左推進軸、損傷!」
なっ――ジャコームは絶句した。
ネルソン級は主砲三基を艦首側に装備していて、特異なシルエットをしている。その特異さの一つに、砲が前に偏った分、艦橋が中央から後ろ寄りに配置されている。
そしてその下には、本来後ろにあるはずのタービンを納める機関室がある。これは主砲配置からくるやむおえない配置であったが、缶室――ボイラーはその後ろにあって、結果タービンに繋がる推進軸が、缶室をまたぐ格好で配置されていた。
結果、ボイラーへの被弾、破壊は、推進軸をもダメージを与えてしまったのだ。これは速度低下は免れない。
「最悪だ! 後続艦に連絡! 我、機関損傷!」
ジャコームは伝令に叫ぶ。速度がでなくなった『ネルソン』は、このままでは後ろに続く僚艦『ロドネー』に追突される恐れがあった。
もちろん、いくら夜間とはいえ、前を見ているもので、前の船が被弾すればその動きに普通は注視するものだ。
しかし戦場ともあれば、別の何かに気を取られていて前の船の速度低下に気づかずぶつかるなんて事故も起こるものである。水柱がブラインドになって反応が遅れることもある。特にこのネルソン級は旋回性が悪いので、回避は早めにする必要がある。
そして『ロドネー』は、グングンと『ネルソン』に迫ってきた。
「ロドネー、接近!」
見張り員が叫ぶ。間に合わないか――ジャコームが『衝撃に備え』と怒鳴ろうと思った矢先、再度見張り員が声を張り上げた。
「ロドネー、面舵!」
どうやらギリギリのところで衝突は回避された。回頭の遅さにヒヤヒヤさせられる。僚艦が、『ネルソン』を追い越していく。その後ろに『テキサス』と『ニューヨーク』、2隻の米戦艦も続く。
・ ・ ・
「先頭のネルソン型、速度低下! 機関にダメージを与えた模様!」
特破隊第二戦闘群の旗艦『肥後』。指揮官、佐々山 久雄少将は口元を緩めた。
「うまくケツに当てたようだ」
弾着観測機の誘導員には、ネルソン級の1隻の艦尾側に砲弾を誘導するように命じた。推進系にダメージを与え、脱落させるためだ。
ネルソン級は艦首側の装甲は厚いが、機関区の水平装甲は95ミリ。これは14インチ砲でも2万5000メートルから打ち抜かれる可能性があり、16インチ砲ともなれば2万メートル辺りで貫通される。
「さすが能力者。上手くやってくれた」
弾道を多少曲げられることで、砲弾をある程度狙った場所へと誘導する。これが『土佐』を預かる正木 初子であれば、軽くやってのけるのだろうが、弾着観測機の誘導員も三射目までに目標にきちんと当ててみせた。
「これで戦艦は2対3ですな」
阿畑参謀長は言った。佐々山は頷く。
「そうとも。『肥後』が残るネルソン級を相手どる間に、『愛鷹』がテキサス級を沈める」
巡洋戦艦『愛鷹』は、日本軍の改装で41センチ砲に換装されていたが、防御の補強はそこそこ。正直、戦艦同士の戦いに使うべきではないレベルだが、愛鷹――『フッド』を建造したころのイギリス海軍は巡洋戦艦の脆弱性を解消しようと努力していた時期であり、その装甲防御は35.6センチ砲対応として作られていた。
つまり、当たり所によるが、愛鷹は35.6センチ砲戦艦と撃ち合うことが可能なレベルではあるというわけだ。一方で、攻撃力は愛鷹のほうが勝り、米旧式戦艦の対応防御を抜けるので、立場が逆になっているとも言える。
「敵戦艦、こちらへ突撃してきます!」
見張り員が報告した。距離が少しずつ縮まり、こちらの発砲炎からおおよその位置を掴んだのかもしれない。
「射程というなら、もうネルソン型の主砲は撃てる」
それがないのは、まだこちらを正確に捉えていないからだ。さすがに観測機なしは無理というものだが、その観測機があってもこの夜間では弾着観測ができるか? ……こちらはできるのだが。
「残るネルソン型に砲撃。『愛鷹』は、テキサス型を撃て!」




