第134話、特破隊の罠
逃がすはずだった高速空母が沈んだ。
その報告は、フォースWのアルヴァン・トーマス・バックリー・カーティス中将を愕然とさせた。
何故、退避させた方向に、別の日本艦隊――空母機動部隊がいたのか? 自分たちが通過した場所に、敵がいるという時点でまず信じられない。
わざわざ退路にまで回り込んだ理由もわからない。それではまるで、高速空母を逃がすことがわかっていたかのような布陣ではないか。
「罠にはまった……!」
日本軍は、英米艦隊がマダガスカル島に攻め込むのを予想し、やってきた艦隊を全滅させるべく、その戦力を配置していたに違いない。
アデン湾にマダガスカル島の守備艦隊が救援に移動したというのも、事実ではなく、推測、いや願望だったのではないか。
「おそらく日本軍は、大規模な増援があったのだ」
オペレーション・ファストで地中海艦隊が戦ったのは、アデン守備艦隊と内地からの増援艦隊であり、マダガスカル島守備艦隊は北に吊り出されていなかったのだ。そもそも、日付から考えれば、マダガスカル島からアデン湾に移動する時間が短すぎる。その時点でおかしいと見るべきだった。
増援説を裏づけるものは、まだある。空母10隻の大規模艦隊が、現れたことだ。これまで偵察や情報部門が、影も形も捉えていなかったものが現れた。マダガスカル島同様、アデンにも増援があったに違いない。
「提督……」
参謀長が、これからどうするのかと目で訴える。
生かそうとした空母は全滅した。フォースXと上陸船団は、空母10隻の大機動部隊の標的とされ、第二次攻撃隊が殺到した。
もはや、フォースWが引き返したとして、新たな戦果を日本軍にプレゼントするだけに終わるだろう。
「このままだ」
カーティスは告げた。
「我々は前方にある敵を突破、包囲網を脱出する」
非難げな視線が、指揮官の背中に突き刺さる。せめて船団やフォースXの救援に行かないのか――多くの同胞を見捨てて撤退するのか、などなど。口に出さずとも言いたいことはわかる。
だが戻ったところで、どうにもならない。すべてを万事解決する名案があるなら、教えてほしいくらいだ。この低速戦艦群を抱えて、右往左往したところで何も変わらない。
唯一、状況が変わるとすれば、前方にいるだろう日本艦隊を突破することだ。せめて『ネルソン』と『ロドネー』の16インチ砲搭載戦艦を持ち帰ることができれば……。
指揮官としては作戦失敗の責任をとらされるだろう。更迭もやむなしだが、自分が何かが大きな失敗をしたかと言えば、そうとも言い切れない。
想定を上回る大戦力、情報部もその存在を掴んでいない中、放り込まれたのだ。誰が指揮官であっても、こうなったのではないか。
「敵機、来襲!」
対空レーダーが、日本軍とおぼしき航空機群を捕捉した。
「対空戦闘、用意!」
色々思うところはあるが、敵が迫ってくる以上、今は敵を迎え撃たねばならない。まずは目先の問題を解決しなくてはならない。
そもそもの話、正面にいる日本艦隊がどれほどの戦力かわかっていない。空母10隻の大機動部隊よりも、さらに強力な艦隊の可能性もあるのだ。突破できるかどうか、それすら怪しい。
・ ・ ・
特破隊第二戦闘群の第二次攻撃隊が、フォースWに襲いかかった。
一式艦上戦闘攻撃機と九八式艦上偵察戦闘攻撃機、計45機の攻撃は、戦艦群を取り巻く護衛艦艇を狙った。
上陸船団同様、直掩の戦闘機のない艦隊に、遠距離から放たれる誘導魚雷は、軽巡洋艦『ケニア』を仕留め、駆逐艦『オンスロー』『アンテロープ』『イカロス』『レスラー』を撃沈した。
軽巡洋艦『ブルックリン』『フィラデルフィア』がそれぞれ損傷し、艦隊から落伍。駆逐艦『ウェストコット』もまた機関が止まり、漂流した。
残るは戦艦『ネルソン』『ロドネー』『テキサス』『ニューヨーク』、軽巡洋艦『モーリシャス』、駆逐艦『ウィシャート』のみという有様であった。
そして夜が訪れる。航空攻撃を逃れたフォースW残存部隊の前に、第二戦闘群の水上打撃部隊が現れる。
●特破隊第二戦闘群:指揮官、佐々山 久雄少将
戦艦 :「肥後」
巡洋戦艦:「愛鷹」
重巡洋艦:「九重」「高見」「雲仙」
軽巡洋艦:「神流」「天神」「余市」「奥入瀬」
駆逐艦 :「淡雪」「湿雪」「冬雲」「雪雲」「旋風」「瑞風」
戦艦系2、重巡洋艦3、軽巡洋艦4、駆逐艦6がフォースW残存部隊の正面に陣取る。その上空には弾着誘導員の乗る観測機が飛行している。
旗艦である戦艦『肥後』――『ビスマルク』は、日本海軍の45口径41センチ連装砲の仰角を上げて、遠距離砲撃態勢に入る。
「相手は、ネルソン級だという。同クラスの火力に、ヴァイタルパートの装甲も厚いという」
「本艦はともかく、『愛鷹』では、少々防御に不安があります」
阿畑 洋吉参謀長は、どこか緊張感に欠ける調子で言った。
「さらに後続に旧式とはいえ35.6センチ砲10門のテキサス級2隻……。正面から戦うのは、数の面で些か不利」
「では、まず数を整理しよう」
夜間ではあり得ない長距離砲撃で、まずネルソン級を1隻、脱落させる。
「弾着観測機、配置につきました! 」
「ようし! 敵さんが撃ち出す前に、砲撃を開始だ!」
距離33000メートル。敵艦の位置、速度など諸情報を獲得後、『肥後』『愛鷹』が41センチ連装砲を立て続けに発砲した。
それはほとんど見えない敵艦に対して飛翔。途中、弾着観測機に乗る誘導員によって、砲弾の弾道を微調整される。能力者の力で修正された砲弾は、闇の中を進む英戦艦――『ネルソン』の周りに水柱を上げた。




