第132話、身を切る決断
偵察機が、日本艦隊の編成を確認するより前に、多数の航空機が英米マダガスカル島攻略艦隊に迫った。
事ここに至り、指揮官であるアルヴァン・トーマス・バックリー・カーティス中将は、援護部隊反転、喜望峰へ戻る命令を出した。
「撤退……ですか」
先任参謀と、戦艦『ネルソン』艦長、ハンフリー・B・ジャコーム大佐は承服しかねるという顔になった。参謀長は言った。
「マダガスカル島の攻略は重要だが、戦艦、空母は極力失うことがないよう、慎重に扱うよう、本国から言われている」
「……」
敵が同等の戦力、もしくは劣勢であったなら大英帝国海軍の軍人として、見敵必戦の伝統を発揮したであろう。
しかし、敵には空母が10隻も存在する。英米艦隊の手持ちの空母は4隻。数で倍以上の差をつけられている上に、こちらは4隻といいながら実質2隻分の戦力しかなく、戦力差は数字以上に大きい。
実際、日本軍空母も半分の5隻が航空機30機に届かない小型空母であったのだが、英米側はそれを知らない。それを差し引いても、不利なのだからどう言ったところで変わりはしないのだが。
「今ここで、我々が突撃したとて、貴重な空母が失われるだけだ。もしここで全滅してしまっては、大西洋を守る空母が本国艦隊の『ヴィクトリアス』だけになってしまう」
アーガス、イーグルといった骨董品に加え、フューリアスまで引っ張り出したイギリス海軍に、もはや予備の空母はない。
そしてアメリカもまた『ワスプ』が太平洋艦隊へ転籍した今、『レンジャー』しかなく、ここで沈められてしまえば、空母戦力は全滅だ。もう直、小型の護衛空母が数隻完成するらしいが、それが日本軍の主力空母と正面から戦えるものかどうか。
「『フューリアス』と『レンジャー』は、艦隊より分離。我が艦隊より先行、戦域離脱を優先せよ」
カーティスは命じた。フューリアスは30ノット、レンジャーは29ノットの最高速度を持つ。イーグルは24ノット、アーガスに至っては20ノット。これに足を合わせていれば逃げられるものも逃げられない。
「提督、船団と直接護衛隊にも、反転命令を」
参謀長は言った。カーティスが、援護部隊の撤退を命令したのは聞いていたが、そういえば船団へ命令を発していないことに気づいたのだ。
英米マダガスカル島攻略艦隊は、戦艦、空母を中心とした援護部隊フォースWと、船団を直接護衛するフォースX、そして上陸船団で構成されている。しかし、カーティスは据わった目を向けた。
「いや、船団と直接護衛隊は正面を迂回しつつ、マダガスカル島上陸は続ける」
「!? それは――」
参謀たちは絶句した。上陸船団を空母機動部隊の前に差し出すというのか。戦艦、空母のないフォースXでは、正面の日本艦隊に対抗できずに全滅させられてしまう。これでは、まるで、自分たちが撤退するために、船団を生贄にしたように見えた。
「提督!」
「二兎を追う者は一兎をも得ず、とは日本の諺だったか」
カーティスは極力感情を排した調子で言った。内心では震えが止まらない。自分でもこの判断が正しいのかわからなかった。いっぱいいっぱいだった。
「日本軍はまずは空母を片付けようとするはずだ」
制空権を確保する。そうすれば、後でゆっくりと船団を片付けることもできる。空母機動部隊にとって、上陸船団とその護衛に脅威はない。だが空母が生きていれば、彼らはそれを片付けないことには落ち着かないだろう。
「アーガスとイーグルは確実にやられるだろうな」
鈍足空母は逃げられない。そしてこの『ネルソン』以下、戦艦4隻もまた速度面では鈍足。
「我々は、その2隻を極力沈められないように守る」
それで少しでも時間を稼ぎ、『フューリアス』と『レンジャー』の離脱の可能性を上げる。少しでも距離を稼げば、高速空母を捕捉することは日本軍とて不可能だろう。しばらくこの2隻を日本軍は追撃するに違いない。その間に、上陸船団はマダガスカル島に上陸する。とにかく、陸軍を島に上陸させる必要がある。船の上で沈めてはいけない。
「しかし、それでは――」
「もし、敵空母機動部隊が、上陸船団を最優先で狙ってきたら……」
先任参謀が睨むような目を向けた。カーティスは彼を見なかった。
「その時は、空母は無事に離脱できる」
数万の陸軍兵を犠牲にして。
「諸君。我々は全てを生かすことができない状況であると心得たまえ。誰かが犠牲にならねばならない。そして残念ながら、その犠牲を選ぶ権利は我々にはない」
日本軍に選択権はある。空母か、船団か。戦艦群はそれらの次だろう。カーティスがいくら背伸びしてみせたとて、無視されるのはわかりきっている。
「最悪なのは、固まって空母も船団も全滅することだ。それは駄目だ」
頭の中が痺れてきた。それらしいことを言っているが、これは本当に正しいのか、カーティスはわからない。あるのは決断を下す時間に猶予がないことで、じっくり正解を考える間がないということだ。
すでに日本軍空母は、航空隊という矢を放ってきているのだから。
決断は下した。回答を急かされた人間のそれが正しいかどうか自信はない。それは終わってみなければわからない。
・ ・ ・
零式哨戒機は、英米艦隊の動きを特破隊大西洋遠征艦隊に報告した。
旗艦『紀伊』の新堂 儀一中将は、参謀長である天草 豪太郎大佐を見た。
「これは間違いないのか?」
「哨戒機の搭乗員は優秀ですから、この件については間違いようがないかと」
「ふむ」
気に入らない、と新堂は鼻の頭をかいた。
「輸送船団を前進させて、艦隊は反転した」
「英国軍人らしくない行動です。見敵必戦の精神はどこへ消えたのでしょうか」
天草参謀長は顔をしかめる。新堂は言った。
「今後のことを考えれば、空母は片付けておきたい」
大西洋で通商破壊を行う上で、敵に空母がいないほうがいい。
「しかし特破隊としては、船団も仕留めたい」
「神明大佐の優先順位からすれば、船団撃滅が第一です」
「数で勝っているとはいえ、二兎を追って、中途半端はよろしくない。……ここは素直に応援を呼ぶか」




