第130話、日本艦隊、出現!
英米艦隊は、マダガスカル島北部へと回り込むように航行していた。喜望峰から一直線とはいかず、攻撃目標のある北部まで進んでいく。
マダガスカルから長距離偵察機が飛んでくれば、攻撃前に察知されてしまい、奇襲は不可能。
しかし、英米艦隊は、その点についてさほど深刻に感じてはいなかった。警戒すべき、日本の守備艦隊は、遠くアデンにまで出張っている。それらが戻ってくるまで余裕があった。もちろん、何もかも上手くいけば、であった。
艦隊を率いるアルヴァン・トーマス・バックリー・カーティス中将は、日本の戦艦、空母など主力は北上しているとはいえ、まったく無防備ということもないと考えていた。
巡洋艦の1、2隻に駆逐艦や潜水艦。空母も1隻くらいは残しているかもしれない。基地の航空隊には叶わないが、カーティス中将は、空母から偵察機を出して索敵も行った。
ここまでは何の落ち度も抜かりもない。万事順調、作戦通りに状況は進行していた。とある凶報がもたらされるまでは。
「提督、偵察機より緊急電です!」
ざわつく通信室から通信参謀が血相を変えて戻ってきた。
「日本軍の大艦隊を発見! 我が艦隊の進路上にあって、接近しつつあり!」
「大艦隊だと……? 確かなのか?」
カーティスは眉間に皺を寄せた。無理もない。守備艦隊の主力は、出払っているはずなのだから。
「第二報、きました!」
通信兵が、偵察機からの新たな通信を持ってきた。その内容に、カーティスや参謀たちは青ざめる。
「戦艦1、空母10、巡洋艦8、駆逐艦20……!」
戦艦1隻はまだわからないでもない。しかし信じがたいのは空母が10隻も確認されたということだ。日本海軍は、いつからそんなに空母を量産したのか。
「これは、どういうことなのだろうな……?」
カーティスは信じられないと周りを見回した。
「ナグモの機動部隊が、インド洋に来ていた?」
「馬鹿な、あり得ません」
参謀長は言った。
「日本の主力機動部隊は、三週間ほど前に、ハワイ近くのミッドウェーで米機動部隊と交戦しております。手傷を負っていると聞いておりますし、そもそもここまで距離がありますから……」
ミッドウェーから本土に戻り、そこからほとんど休みなしで、マダガスカル島へ来る? こちらの侵攻計画を早くからつかんでいなければ不可能な所業だ。しかし、米軍との戦いで艦載機の補充、再編成もしなくてはいけないはずだから、どう考えても無理な話である。
「では、日本軍は、ナグモの機動部隊のほかにさらに別の機動部隊を持っているということか」
だがその別の機動部隊になりそうな、インド洋派遣艦隊の主力は、いまアデン湾のはずだ。それとも別にさらに空母部隊を持っているとか……。いったい何隻の空母を保有しているというのか!
「見間違い、ということはありませんか?」
先任参謀が、ためらいがちに言った。
「そもそも、航空機からの偵察でも、艦種の識別において正しいとは限りません。聞いた話では、空母をタンカーと見間違えたとか、通信の間違いで巡洋艦と空母を間違えていたとか、あったそうですから――」
後者は参謀の願望、どうか間違いであってほしいというのが出ていた。しかし前者に限れば、なるほどあるかもしれないとカーティスは思った。やはりどう考えても空母が10隻というのは、おかしいのだ。
「では、この敵艦隊は、空母機動部隊ではなく、マダガスカルへの補給船団の可能性があるというんだね?」
「はい。……可能性としては」
そうであってくれ――先任参謀の顔にはそう書いてあった。カーティスは口元を引き結ぶと、視線を参謀長に向けた。
「どうするべきか?」
「偵察機に艦種の識別を命じましょう。輸送船団であれば、このまま叩き潰し、空母機動部隊であれば……」
参謀長は、一瞬言いよどんだ。
「作戦を中止で、撤退もやむなしかと」
空母10隻が本当であったなら、英米マダガスカル攻略艦隊に勝ち目などない。無用な犠牲を出す前に引き返し、再起を図るべきだ。
――そもそもの話、日本軍の空母10隻が現れるなど、本国の連中さえ予想できなかったのではないか。
想定外の事態である。たとえマダガスカル島攻略を厳命されているとしても、戦わずに撤退も許される状況であるとカーティスは考えた。話が違うのである。
「偵察機に敵を識別させるよう指示」
1秒でも早く確認し、空母なら即逃げ出す。こちらの艦載機の航続距離を考えれば、敵航空機の攻撃範囲に入っている可能性も高い。
直掩の増強を準備させるか。いや、もし輸送船団だったなら、腹いせに爆撃を――
「報告! 偵察機より、敵機の攻撃を受けると通信。その後、連絡はありません!」
通信士官の言葉に、カーティスらは一様に苦い表情を浮かべた。
「新たな偵察機が必要だ」
そしてそれが確認されるまでに双方、どれだけ近づく? 敵空母であったなら、逃げ出せないくらい接近してしまうのではないか。
カーティスと参謀たちは、冷静さを欠いていた。そもそもの位置関係を考えれば、日本軍の補給船団がマダガスカル島ではなく、英米艦隊の方に向かってくるはずがない。正面から迎え撃つように前進していることからして、それが輸送任務で動いているわけがないことなど、すぐにわかりそうなものである。
・ ・ ・
この時、マダガスカル島に駆けつけた日本艦隊は、インド洋派遣艦隊ではなかった。
新たに編成された大西洋遠征艦隊――すなわち、大西洋での通商破壊活動に乗り出す空母戦闘団であった。




