第128話、先行作戦の失敗
アデン湾に日本戦艦は2隻いた。その事実は、地中海艦隊に衝撃を与えた。
その戦力も、想定の倍近くあり、どうやったか知らないが日本軍は、マダガスカル島の防衛艦隊をアデン湾に配置していたようだった。
「……しかし、やることは変わらない」
指揮官、フィリップ・ヴァイアン少将は歯噛みしつつ、正面を見据える。
「すでに突撃は始まった。いまさら止められん」
中途半端に反転したとて、敵の猛撃を受ける。たとえ、上手く敵艦隊を振り切ったとしても、夜が明ければ日本軍航空隊が襲いかかってくる。
どうせ、空母も増援が来ているのだろう?――ヴァイアンは言葉にはしなかったが、ある意味確信があった。だが、そんな彼よりも予想より早く日本軍航空隊は動いていた。
「対空レーダーに反応。無数の航空機群、接近!」
「っ!」
日本軍も夜間飛行が可能な攻撃隊を持っていたのか。現状、英海軍の専売特許と思っていた夜間航空攻撃が、地中海艦隊に迫る。
ヴァイアンが想像した通り、特破隊第二戦闘群は、空母戦隊をしっかり連れてきていた。空母『神竜』『黒竜』『雷竜』が、『迅鷹』と合流し、夜間攻撃隊を出した。
九八式艦上偵察戦闘攻撃機隊は、数の多いイギリス駆逐艦に対して、滑空誘導魚雷を次々に撃ち込む。
「煙幕を展開しろ!」
ヴァイアンは命令を発した。旗艦『クレオパトラ』艦長のスラッタリー大佐は首をかしげる。
「煙幕、ですか? 夜間ですが……よろしいのですか?」
「敵の誤認を誘えるかもしれない」
レーダーを使って位置がわかったとしても、きちんと狙いをつけられるかは別物だ。場は混乱し、味方の衝突もあり得るが、まともにやっても勝ち目は薄い。
「今は混沌に身を委ねるしかないのだ」
だが、すでに遅かった。煙幕を展開しはじめる頃には、九八式艦偵が放った滑空誘導魚雷が駆逐艦を次々に吹き飛ばしはじめたのだ。
水柱が上がり、船体を引き裂かれた駆逐艦が波間に横たわる。日本戦艦に雷撃を試みた駆逐戦隊は、射程に踏み込む前に誘導魚雷の餌食となったのだった。
そして巡洋艦戦隊にも――
「敵の砲撃か!」
重巡洋艦『九重』(キャンベラ)、『高見』(ペンサコラ)が20.3センチ主砲を撃ち込んでくる。
さらに戦艦『肥後』『愛鷹』は、戦艦アンソンに偽装した『センチュリオン』を早々に大破、漂流させると、軽巡洋艦『バーミンガム』『アリシューザ』へと狙いを定めた。
事ここに至って、地中海艦隊は万事休すであった。
・ ・ ・
オペレーション・ファストは、地中海艦隊の壊滅をもって失敗に終わった。
日本海軍特破隊第二戦闘群の水上部隊の砲撃と、夜間攻撃隊の遠距離からの誘導魚雷攻撃によって、戦闘艦艇はその悉くを喪失。
陸軍、アデン攻略部隊を載せた船団は撤退を開始したが、夜が明けた後の『神竜』以下五隻の空母から放たれた攻撃隊から逃れることはできず、こちらもバブ・エル・マンデブ海峡を前に海の藻屑となった。
作戦の失敗は、英本国に衝撃を与えたが、望みが潰えたわけではなかった。オペレーション・ジャイアントステップ――マダガスカル島攻略作戦が、同時進行していたからである。
旗艦である戦艦『ネルソン』。司令官、アルヴァン・トーマス・バックリー・カーティス中将は、先日まで軽巡洋艦『ケニア』を旗艦としていたが、今回の作戦では、かつて旗艦艦長を務めたことがある『ネルソン』に将旗を掲げていた。
「幸先が悪い知らせた」
極力感情を表に出さないようにしつつも、しかし黙っているのも空気が悪くなる。カーティス中将は、艦長であるハンフリー・ベンソン・ジャコーム大佐に視線をやった。
「詳細は何か知らされているのかね?」
「細部はわかりませんが、どうやらアデンに、マダガスカル島にいるはずの戦力が移動していたようで」
「それは……」
カーティスは、神よ、と内心で十字を切った。想定の倍の戦力が待ち構えていたのでは、戦艦、空母のない地中海艦隊では勝ち目はなかったであろう。
「だが、これはつまり、アレだな、艦長」
カーティスは視線を遠くへと投げた。
「結果はどうあれ、当初の予定通り、マダガスカル島の艦隊は北方に釣り上げられたわけだ」
マダガスカル島攻略作戦は、日本艦隊がアデンへ増援を出すことから始まる。こちらは米空母を含めて空母は四隻揃えたが、現地にいるとされる3ないし4隻の日本空母相手には劣勢と見られていた。
米軍の空母『レンジャー』はともかく、急遽引っ張り出した『フューリアス』のほか、『イーグル』と『アーガス』という中途半端な性能の空母がその戦力であったからだ。
これらと正面からぶつかるのは不利であるため、ファスト作戦でアデン湾へ進撃。日本軍はアデン防衛のため増援をマダガスカルから派遣するだろうから、そこで戦力が半減したところを、H部隊とアメリカの連合艦隊でマダガスカル島を攻撃するのが、ジャイアントステップ作戦であった。
マダガスカル島の飛行場を早期に占領し、航空隊を展開すれば、四空母+基地航空隊として戦える。あとはマダガスカル島に戻ってきた敵を各個撃破すればよい。何もかも上手くいったなら、そういう戦いをする予定であった。
「いま、マダガスカル島に敵艦隊は減っている」
「アデンに現れた敵が倍増していたなら、そうなります」
遥々インド洋を横断して、日本本土から増援がアデンに直行したなら話は別だが。
「ええ、アデンにいるわけですから、マダガスカルに戻ってくるのは、さらに数日遅れるかと」
想定では、アデンの増援に向かう日本艦隊は、マダガスカル島が攻撃を受けたと聞けば、そこから反転してくるとされていた。だがその艦隊はすでにアデン湾にいるわけで、そこからマダガスカル島に移動するには途中で引き返すよりさらに日にちを要する。
「我々は、何としてもマダガスカル島を攻略しなければならない」
カーティスは、聖書を読むように厳かに告げた。
「マダガスカルを押さえれば、アデン攻略の失敗も取り返すことができる」
「敵を各個撃破できれば、ですが」
本当に上手くいくだろうか、という不安を抑えてジャコーム艦長は頷いた。
ジャイアントステップ作戦実行艦隊は、喜望峰を通過し、一路マダガスカル島を目指した。




