第127話、アデン湾夜戦
日本軍は、もちろん、スエズ運河を超えて地中海艦隊がアデン湾にやってくることは理解していた。
特破隊第二戦闘群による攻略でアデンを制圧。イギリス軍が複数戦線の補給遮断をそのまま黙って見ているわけがないからだ。
つまり、地中海艦隊の南進は予想された行動だった。問題は、それがいつかであった。
第二戦闘群は、アデン湾に巡洋戦艦『愛鷹』、空母『迅鷹』を中心とした艦隊を配置し、マダガスカル島に戦艦『肥後』、空母『神竜』ほか空母戦隊主力を展開させていた。一見、少ない戦力を分散させているようであるが、事実は異なる。
そしてそれを英地中海艦隊は思い知ることになる。懸念であったバブ・エル・マンデブ海峡を夜間に通過。潜水艦の待ち伏せを警戒したものの、雷撃はなかった。
「まさか、日本軍は我々に気づいていないとか?」
旗艦、軽巡洋艦『クレオパトラ』。艦長のM・S・スラッタリー大佐は緊張の面持ちを崩さなかった。艦隊司令官のフィリップ・L・ヴァイアン少将は唸るように言った。
「攻撃をしてこなかっただけで、警戒していないなどあり得ない」
イギリス軍だって、アデン湾から紅海、そしてスエズ運河に日本艦隊が向かってこないか沿岸からの監視、空中哨戒は行われていた。
当然、地中海艦隊の接近は、日本軍も察知しているはずだ。イタリア人よりものんびりしている、というのは解釈違いである。
アデンを目指すイギリス艦隊。その水上レーダーが、接近する艦影を捉えた。
「大型艦2ないし4。小型艦艇8以上が接近!」
艦隊の正面に立ち塞がるように現れた艦影。ヴァイアンは口を開いた。
「来た。日本艦隊だ」
「やりますか?」
挑むようにスラッタリーが言えば、ヴァイアンは頷いた。
「我々には、元より選択肢などないのだ。船団は後方に待機。コルベットと掃海艇は護衛につけ。残る全艦艇――突撃せよ!」
軽巡洋艦2、防空巡洋艦4、駆逐艦14が、進路上に現れた敵艦隊へ突き進む。
「敵は、我らが『アンソン』にひっかかるでしょうか?」
「しばらく戦艦の注意を引いてくれると助かるがな」
ヴァイアンは、艦隊に随伴するダミーシップ『センチュリオン』の方向を一瞥した。
センチュリオンは、初代キング・ジョージ5世級戦艦の1隻で、海軍軍縮条約以降、無線操縦の標的艦として改造、運用されていた旧式艦である。第二次世界大戦に入り、しばらく修理艦として働いたが、トリポリで港を戦艦で封鎖する計画に用いるため、新鋭戦艦の『アンソン』に似せたシルエットに改造された。
この計画自体は実行されなかったが、戦艦に偽装した囮艦として運用されることになり、今回のファスト作戦に投入された。低速ではあるが、戦艦の欠けている地中海艦隊にあって、日本人がダミーシップを戦艦を誤認してくれれば、巡洋艦戦隊を戦艦の大砲から守るお守りとなるであろう
全長182メートル、全幅27.2メートルの艦体だが、全長だけならタウン級軽巡洋艦の『バーミンガム』とさほど変わらない。。
「騙されてくれますかね。夜間で、はっきり見えないですが」
スラッタリーは皮肉げな顔をした。ヴァイアンも口元を歪める。
「あまりにはっきり見える昼間のほうが、騙せるか怪しいがな」
空から見れば、主砲の配置から騙せるかもだが、砲戦距離ともなると、そこまで誤認されない気もする。
とはいえ、いまさらどうすることもなく、ただ作戦通り突っ込むだけである。
敵戦艦に対しては、駆逐艦戦隊が肉薄して魚雷を見舞う。それが戦艦を持たない地中海艦隊が、敵戦艦を葬り、勝利を得られる唯一の方法である。
砲撃がメインとなる軽巡洋艦『バーミンガム』は、50口径15.2センチ三連装砲4基12門。次が『アリシューザ』だが、こちらは50口径15.2センチ連装砲3基6門と半分しかない。
そして四隻の防空巡洋艦は、その主砲が高角砲である133ミリ連装砲であり、はっきり言って駆逐艦に毛が生えた程度の火力しかない。
作戦としては、敵戦艦の砲撃を『センチュリオン』が誘引している間に、敵巡洋艦を『バーミンガム』と『アリシューザ』が相手をする。
『クレオパトラ』『ダイドー』ら防空巡洋艦隊は、その速射性能を活かして日本駆逐艦を蹴散らし、こちらの駆逐艦戦隊が、戦艦を雷撃する。
犠牲は出るだろうが、決まれば、地中海艦隊はアデンを守備する日本艦隊を叩くことができる。
その後の展開は、マダガスカル島から日本軍の増援が駆けつけてくるだろうが、その間、モンバサを出航した戦艦『ラミリーズ』ら残存艦が地中海艦隊に合流。アデン湾の防備を固める一方、マダガスカル島攻略部隊が攻撃を開始し、出てきた日本艦隊はマダガスカルに引き返す……と予想されていた。
何もかもうまくいけば。
ヴァイアンはその言葉を口の中で弄んだ。世の中というのは、そう上手くはできていないものである。
正面の日本艦隊が主砲を発砲した。遠雷もかくやの号砲。一瞬見えた炎、その大きさに、『クレオパトラ』の艦橋にいた者たちは目を疑った。
戦艦と思われる砲の光は1隻だけでなかったのだ。
「戦艦が2隻いる、だと……!?」
・ ・ ・
アデン湾の守りについていた日本軍の戦艦級は、巡洋戦艦『愛鷹』であったが、地中海艦隊が迫る中、マダガスカル島に展開していた第二戦闘群は、転移連絡網を用いて急行した。
つまり、地中海艦隊の前にいたのは、第二戦闘群の主力であり、戦艦『肥後』、巡洋戦艦『愛鷹』の2隻の41センチ砲が牙を剥いてきたのであった。
「敵は慌てふためいているだろうな」
第二戦闘群指揮官、佐々山 久雄少将はニンマリと笑みを浮かべた。イギリス人は自分たちが相手をしているのが分遣隊ではなく、合流後の主力艦隊であることを思い知るのである。
戦艦2、重巡洋艦2、軽巡洋艦4、駆逐艦8が、地中海艦隊の正面を陣取っている。
参謀長の阿畑 洋吉大佐は口を開いた。
「敵さんも、まさかマダガスカル島をガラ空きにして、待ち受けているとは思いもよらないでしょうな」
転移連絡網様々である。転移で移動できる場所であれば、現地に置いている戦力が弱体でも構わない。必要な時、必要な戦力が駆けつけられるのであれば。
「ガラ空きにしないと、別動の敵がマダガスカルに来れないからな……」
呟く佐々山。阿畑は眉をひそめた。
「何か?」
「独り言だ」
戦艦『肥後』の41センチ連装砲が、大型艦――ダミーシップへ砲弾を送り込む。妙なフネだ、と思う。あれは戦艦なのか……?




