第124話、神明と山本
この戦争はどうすれば終わるだろうか?
山本 五十六連合艦隊司令長官は、神明 龍造大佐に問うた。座敷にて酒とは名ばかりの水を飲んだ彼は言う。
「米国が、その圧倒的な工業力を武器に、巻き返しを図るのは来年以降。それまでに我が方は決定的な勝利を得て、米国と講和をしなくてはならない」
「そもそもの開戦理由が、『今』なら戦える、でしたからね」
石油の禁輸も後押しではあるが、両洋艦隊法の戦力が整ってしまえば、連合艦隊では米国に勝ち目がない。唯一、武力を伴う外交で、米国にこちらの主張を通すチャンスがあるなら、1942年中まで――というのが大方の海軍関係者の見方である。
山本 五十六が、近衛文麿に『半年は暴れてごらんにいれるが、それ以上は、さっぱり見当もつかない』と言ったのも、それがかなり含まれている。
「軍令部は、通商破壊に舵を取っているが、それにしてもドイツをあてにし過ぎている。イギリス、連合国だけならまだしも、ソ連にまで戦端を広げたナチス・ドイツにどうしてそこまで過大な期待ができるのか、僕にはわからない」
飲めない山本は、徳利から水をお猪口に注ぐと、顔をしかめた。
「ドイツが倒れたら、戦争はどうなるのか? イギリスが戦争に脱落したとして、アメリカは戦争をやめるのか……そうは思えない」
「確かに」
神明は肴に箸を入れた。
「そもそも、アメリカが参戦している以上、イギリスの脱落はないでしょう。国民が匙を投げなければ。アメリカが健在な限り、物資の面はレンドリースでいくらでも補充が効きます」
「つまり、君たち特破隊が、インド洋を制して、大英帝国の動脈を断ち切ったとしてもかね?」
「インド洋だけでは足りないです。やはり、本土も封鎖しなければ」
イギリスは海洋国だ。日本と同様、制海権を取られれば、いずれは力尽きる。
「君の戦略を聞かせてくれ、神明君」
特破隊の作戦計画には、神明が大いにかかわっていると山本は耳にしている。
軍令部ですら、あまりに壮大すぎて実行できるのが疑わしいとされてきたが、これまでのところ、彼は計画通りに戦いを進めている。あるいは本当にできてしまうのではないか、という声がちらほら上がっているのだとか。
「ここは会議の場ではないので、絵に描いた餅とでも思ってください」
神明はそう断った。おそらく素面では、信じがたいようなことなのだろう。彼が魔法を使う云々という眉唾な話も含めて、好奇心が疼いた。そんなんだから、昔、詐欺師に引っかかったのだろうとは思う。
「我々特破は、アメリカを大陸に閉じ込めることを最終目標として行動しています」
「……アメリカを閉じ込める?」
いきなり面食らった。彼は何のことを言っているのか?
「アメリカは大陸国と海洋国、双方を備える極めて希な大国です」
どの国でも陸軍と海軍はあるが、どちらが強いかと言えば、それぞれ異なる。日本や英国といった海洋国は海軍が、ソ連やドイツといった大陸国家は陸軍が強い。
そしてアメリカは広い国土を有している大陸国でありながら、東西に長大な海岸線を持つ海洋国としての側面を持ち合わせている。
「米国と戦うにしても本土に上陸などすべきではありません。大陸での戦争は、我が国の陸軍がすでに何年かかっても戦いが終わらないように泥沼です。その陸軍にしても、米国に送り込むだけの戦力もない」
で、あるならば――
「米海軍を撃滅し、アメリカ人をアメリカ大陸に封じる。つまり、大洋に出られないようにします。西海岸、東海岸双方ともです」
「太平洋のみならず、大西洋もかね?」
山本は息を呑む。神明は頷いた。
「はい。マダガスカル島を抑えましたので、喜望峰から大西洋に進出。英ソのレンドリースの支援ルートの遮断を図ると共に、我が軍の機動部隊は、米東海岸の造船所を爆撃、半年、一年後に海に出てくる戦力をドックで破壊します」
「!」
日本海軍は、米国の両洋艦隊法によって作られた大規模な戦力が戦線に加わるのを恐れている。それらが配備されれば、物量で圧倒されてしまうからだ。
そうなる前に戦争を終わらせねば勝ち目がないと皆が考えていた中、神明はその時間制限を引き伸ばす戦略を企てた。
大量生産された空母や艦艇が海に出るのを待つまでもない。完成前に破壊することで、上手くすれば廃棄、それがかなわなくても就役を大幅に遅らせることができる。
これまで日本海軍が、それを考えなかった理由はただ一つ。米軍の戦艦、空母の主な建造は、アメリカ大陸東海岸で行われていて、太平洋を挟んで対峙する日本軍が手を出せない位置にあったからだ。
大西洋から回り込むにしても、英軍が押さえるインド洋を超える必要があり、アメリカ東海岸への攻撃は論外であった。
だが特破隊は、インド洋の英海軍を壊滅させ、大西洋進出の足掛かりを得た。机上では、アメリカ東海岸への攻撃も可能に見えてくる。莫大な燃料、物資の輸送、兵站の負担が大きすぎて、通常であれば実行不能であるが。
――そのための転移連絡網か……!
長大な兵站の短縮。補給物資、燃料を運ぶ輸送船が消費するだろう燃料など消耗品を大幅に削減し、その分を攻勢作戦に投入できる。数時間で後方から前線基地、そして艦隊に燃料物資を送り込めるのであれば、前線の作戦稼働時間は拡大する。
「君のことだ。砲弾や航空機の補充のことも考えているのだろう?」
「はい。連合艦隊の割り当てを取らないように、補充する算段はつけました」
戦場で無駄弾を使わないよう命中精度を上げたこともそうだが、魔力生成による消耗品の量産体制を整えてある。これらは支援艦として、前線近くでの補給がきくようになっている。
「魔力……。僕は専門外だが、それはまるで、水から石油を作る話みたいだ」
昔、詐欺られる寸前までいった事件が脳裏をよぎった。今は航空本部総務部長をしている大西 瀧治郎少将と共に、山本も騙されかけた事件があった。
「実際に変換はできます。ただ、ものによっては効率がよくないこともあって、大量生産には向かないものもありますが」
一口に魔力生成といっても、できるだけで、普通に本物を持ってきたほうが早いという例もある。だから変換効率がよいものは優先されるが、それ以外は、通常の手段で製造入手が基本であった。
「そういう補充艦……連合艦隊にも欲しいなぁ」
山本が言えば、神明は言った。
「用意はありますよ」
「本当かね?」
「こちらも大西洋に進出するにあたって、これまで沈めた輸送船で、空母に向かないものを補助艦や補給艦として再生させていますから。いくつか融通できると思います」
通商破壊任務は、長期の作戦行動、単独ないし少数での活動が基本である。故に補給については、少々うるさい。当然、兵站の準備に抜かりはなかった。




