第123話、転移連絡網の進捗
軍令部第五部――通称、魔技研は、連合艦隊に対して、転移連絡網の説明会を開いた。
前線から後方へ、あるいは後方から前線へ。
連絡網という呼称が、どうにも後方の兵站業務を連想させ、前線部隊のイメージがあまり湧かないと声もあるが、あまりに勇壮だと、敵に通信を傍受された際に、兵器であると警戒される。
故に、いかにも地味な名称にすることで、敵にそれを悟らせないよう振る舞っていた。
閑話休題。
「現状、転移手段につきましては、大まかに二種類がございます」
第五部所属の軍令部員、青葉 琢郎大佐は、連合艦隊高級将校らを前にそう告げた。
「一つは、それぞれの艦艇や航空機などに転移装置を搭載しまして、転移ブイなどの転移目標へ移動する方法です」
特破隊の艦艇に主に装備されており、現在、南太平洋から西インド洋まで縦横無尽に暴れ回っている。
「もう一つは、転移ゲート方式。いわゆるポール状の転移ブイを二つ並べて、その間を通過するものを、別の場所へ飛ばすやり方です」
こちらは、海上護衛隊と輸送船が用いている。
「後者につきましては、専用の転移装置を装備する必要がないので、転移場所の自由度は前者より下がりますが、手軽に転移を行うことができます」
民間の船舶に、転移装置を載せるとなれば、装置を大量に量産せねばならず、工事も費用もかかるが、一定の航路を往復するのであれば、工事のいらないゲート利用式のほうが優れる。機密の塊をそうポンポンと民間船に載せるわけにはいかない、というのもあるが。
「これにより、護衛の負担は減る上、輸送船につきましても、航行日時の大幅短縮、本来移動で消費していた燃料も節約でき、連合艦隊にその分、燃料の供給もしやすくなります……」
現場部隊参加者は、さほど関心がなさそうであった。後方や兵站の話をするとすぐにこれだ、と青葉は内心毒づく。
とても大事な話なのだが、前線部隊はどうしてもこの手の話に興味を持てない。彼らは大砲のデカさとか性能とか、そちらばかりに注目する。股間の逸物がデカいほうがいいと考える、いかにもな思考である。
「しかし、ゲート利用式は前線では自由度が低いので、今後、連合艦隊の艦艇すべてに前者の装置が装備されます。現在、整備ないし修理を受けている艦には、搭載されていますので、関係各所、艦長、指揮官の方々には手引書を必ず目を通しておいてください。……前線で、自分の艦だけ置き去りにされる間抜けにならないように」
青葉がトゲのある言い方をすれば、将校たちも多少緊張を表情に含ませた。内心、ムッとした者もいるだろうが、真面目に聞かずに恥をかくのは自分自身なので、聞く態度にはなるのである。
「前者の個別転移におきましては、ゲート利用式のように所定の移動をせずとも、転移できるのがメリットではありますが、予め偵察艦や工作部隊が、先行したり転移ブイを設置したりしないと、戦場近くに一気に移動はできません。ただ準備さえできれば、呉やトラックから、いきなりハワイ近海や米本土に殴り込みをかけるなんてこともできまして」
おおっ、と小さく声が上がった。戦闘に関わることだと受けがよい。
「アメリカ西海岸への日帰り旅行などもできます。日帰りですよ、日帰り」
皮肉っぽく青葉が言えば、冗談が通じたのか小さく笑い声が上がった。本当、こいつらは――青葉は表情には出さずに、しかし内心では呆れとも苛立ちともつかない感情がない交ぜになった。
そこでふと、神明 龍造大佐の言葉が浮かんだ。
『相手が関心を持っていることがわかっているなら、そこから攻めろ。手順にこだわって、興味のない話からするな』
基本説明は大事であるが、最初に関心を持ってもらえなければ、後の話も記憶に残らない。
・ ・ ・
山本 五十六連合艦隊司令長官の姿は、九頭島にあった。彼にとってこの島の町は初めてであったが、ここは魔技研や特破関係者の拠点であり、それに関わりがなかった人間にとって、南海の孤島よろしく未知の世界であった。
基地の町の一角にある料亭『まんぷく』に、山本はいて、対面するは特破隊の神明 龍造大佐であった。
「ここは貸し切りにしてあります。我々の話が外部に漏れることはありません」
「結構。なにぶんこの身分になると、軽々しく人に会うのも難しいのでね」
山本は、ちらと料理と酒に目をやる。
「君は、飲める口かね、神明君」
「弱いです。なので、これは水です」
「そうか。僕も下戸でね」
「存じております」
ということで、いかにも酒を飲むフリをして、二人とも水を飲んだ。
「二日ほど、消えていたそうですね、長官」
「まあ、男と女の関係というやつだ。ミッドウェーが終わったら、何もかも忘れて愛し合うと約束……はしていなかったが、まあ、そういうことだ」
君は家族は?――と山本が問うたので、神明は淡々と答えた。
「未婚です。養子を一人。海軍で航空勤務をしています」
佐官で結婚をしていないというのは、珍しいを通り越して極めて稀なパターンである。将校ともなれば、若い士官時代にお見合いなりで結婚しているのが当たり前の時代だ。親なり親戚なり、あるいは上官などが世話をしてやるのがこの時代の普通である。
――親がいないとか、上官から嫌われているタイプか……?
山本は思ったが、それを口に出すほど無粋ではなかった。まだ結婚していないは、本来恥ずかしい歳ではあるが、できない事情があるのかもしれない。――今回は、それが本題ではないから、早々に話を切り替える。
「特破隊の活躍は見事なものだ。通商破壊は海軍の基本とはいえ、ここまで大きな戦果をあげるとは思っていなかった」
「恐れ入ります」
基本ゆえ、地味と見られる。日本海軍の主流が、『艦隊決戦主義』にあればこそ、通商破壊とか、海上護衛は軽視されてしまう風潮にあった。
「こういう公の場ではないから、僕も思っていることを色々言おうと思っている」
山本はそう前置きをした。
「通商破壊で、アメリカに勝てるか?」
「……」
「古くからある艦隊決戦の形は、もはや古い」
山本はここではない遠くを見る目になった。
「だが、連合艦隊司令部でも、僕自身も、どうやったらこの戦争を終わらせられるか、はっきりしたものが浮かんでいない。ミッドウェーで勝ち、アメリカの空母群を撃滅した。だがそれで戦争は終わるという雰囲気は微塵もない」
山本は視線を落とした。
「そろそろ誰かが講和の話をし出しても……と思うが、そんな様子もない。……君はどうだね、神明君。この戦争、どうすれば終わると思う?」




