第122話、軍令部と連合艦隊司令部
軍令部には定期的に顔を出し、情報の共有を図る。神明 龍造大佐は、内地と艦隊、あるいは九頭島を転移で行き来していた。
軍令部作戦課――第一部第一課、富岡 定俊軍令部作戦課長と、いつもの部屋で打ち合わせである。
「今回は、盛り沢山だよ」
富岡大佐は、開口一番そう告げた。
「実は、連合艦隊司令部の黒島首席参謀が、特破隊の戦力を連合艦隊に組み込むよう要請してきた」
「今度は何を欲しいと?」
海軍兵学校の一年先輩である黒島 亀人大佐である。割と奇行が目立つとか、変人参謀などと噂がある御仁である。
「戦艦、空母、巡洋艦、全部。正確には大半だね」
「……」
「黒島さんの言い分だと、実行部隊である連合艦隊と特破隊で戦力を分割して運用するのはおかしい。海軍の主力戦力になりうる戦力は、連合艦隊に一元管理、運用し効率化を図るべき、だそうだ」
「お前は何と答えたのだ?」
神明が淡々と尋ねると、富岡は朗らかに笑った。
「何も」
「何も?」
「僕は何も。喋ったのは部長の福留さんだからね」
上司である第一部部長の福留 繁少将――MI・AL作戦でも軍令部作戦部門のボスとして、連合艦隊司令部とやりあった男である。
「その福留さんは、何と?」
「特破隊を持っていくなら、海上護衛隊も、そっちで面倒を見てくれるのか、と」
開戦後、軍令部総長、永野 修身大将が創設させた海上護衛部門である。旧式艦のほか、魔技研が以前より回収していた小型の駆逐艦などを大量に送り込んで結成された。
『連合艦隊が、護衛にいちいち水雷戦隊を引き抜かれるのは困ると文句をつけるから、こちらで護衛部門を作ったのだ。そして連合艦隊は、軍令部として推している通商破壊にも、インド洋方面の継続的な活動にも消極的、というかむしろ戦力を出せないと言うではないか』
福留は頑固親父そのものといった調子で、黒島を威圧したという。
『特破は通商破壊専門部隊だ。連合艦隊がやれないといっていることをやっている。統一指揮うんぬんと言うのであれば、連合艦隊は以後、インド洋にも通商破壊をやってくれるというのだな? ん?』
連合艦隊は対米戦で手一杯。その口上で、海上護衛隊や特破――特通商破壊部隊を軍令部が創設したのだ。これらの艦艇は、連合艦隊の戦力拡充に邪魔にならないよう、魔技研が苦心して揃えたものだ。
焼き上がった魚をかっ攫うような連合艦隊司令部――黒島の態度に、福留は腹を立てたのであった。
黒島は少し気圧された雰囲気だったが、すぐに『連合艦隊に特破戦力が加われば、通商破壊も必ず』と答えた。口先だけと感じた福留はこう返した。
『なんだ、結局通商破壊に使うのであれば、今のままでもいいな』
何とも剣呑な空気になってきたが、そこは渡辺 安次戦務参謀が間に入って、特破隊引き抜き云々はうやむやになった。
が、この渡辺も曲者であった。彼は、作戦部を飛び越え、その上司でもある軍令部次長の伊藤 整一中将に直接、話を持っていったのである。
しかし、その伊藤次長の反応は淡泊なものだった。
『連合艦隊には、このまま対米戦に集中できる状況でやるのがベストじゃないか。上手く回っていると思うがね。今のままが良いんじゃないかな』
下手に崩すと、連合艦隊が目指す短期決戦にも綻びがでるのではないかと指摘した。彼が動じていないのは、やはり軍令部直轄として活躍する特破隊という手札があるからであった。
軍令部方針とは異なる作戦を立て、裁可を迫る連合艦隊。本来はあり得ないことであるが、それがまかり通ってしまうのは実際に実行する現場部隊であるからだ。しかし連合艦隊がへそを曲げても、軍令部には特破隊がある。
そう考えた時、前線部隊がやらないと言っても、代わりに実行してくれる者がいるなら、そう下手に出ることもないわけである。
そんな調子だったので、黒島のほぼ独断で始まった特破隊吸収はお流れになった。もっとも、その黒島も、軍令部が簡単に特破隊を連合艦隊に吸収させることに賛同するとは思っていなかった。
なので、本命であるFS作戦についての具申を行った。
その時の様子を、富岡は神明に語った。
「――つまりは、スケジュールの問題だね。実行する第一機動部隊の準備が間に合わない、だから特破隊の戦力を借りたい。そういうことなんだ」
黒島はさも、特破隊と連合艦隊が一つとなれば、スケジュールも間に合うのだが――と思わせぶりな態度で言ったのだという。
「ニューカレドニア島攻略は、現状のスケジュールでは無理。続くフィジーも怪しいので、日付を後ろにズラし、特破隊の空母にも参加を要請する――というのが、連合艦隊司令部からの具申だ」
「そうか」
神明はそっけなかった。富岡は窺うように見た。
「どう思う? 特破隊、前線部隊の指揮官としては?」
「まあ、できなくはない」
神明は答えた。
「今月下旬、アデンとマダガスカル島方面で英軍が動く。それの対処次第だが……まあ、何とかなるだろう」
インド洋の制海権、いやせめて北アフリカ戦線や地中海への補給ルートだけでも確保したい英軍は、かならずやってくる。H部隊や地中海艦隊が出撃の準備を行っていると情報部門が掴んでいるので、大規模な移動を計画しているのは間違いなさそうである。
そして彼らが優先すべきは、地中海のマルタ島ではなく、喜望峰ルートの回復であろう。
「こちらは、転移連絡網がある。インド洋への敵の進撃を挫いたら、そちらからFS作戦に戦力を回せるだろう」
やられていなければ、と注意書きが入るが。英軍も必死である。楽観は禁物だ。
「そうだ、転移連絡網」
富岡は明るい声を出した。
「連合艦隊にも、転移連絡網について推しておいた。というより、ミッドウェーも含めて、以後の補給はそちらでやると伝えてある」
海上護衛隊の方で実際にやっているから、あちらも反対はしないだろうけど、と富岡は付け加えた。




