第120話、次と言われても
連合艦隊は、ミッドウェーを攻略した。
これを以て、出撃した艦隊は内地へと帰投した。
ミッドウェーはそもそも大規模な泊地ではない。整備すれば巡洋艦、駆逐艦が複数、常駐できる拠点にもなるだろうが、現状、戦艦や空母が長居できる場所ではなかった。
さっそくミッドウェーの基地の復旧と滑走路の整備が行われ、輸送された第六航空隊の零戦隊が防空任務につけるように進められた。それまでは、水上機母艦と水上機隊が、周辺の警戒と防空を支援した。
現状、米空母の主力は、先の海戦で壊滅しており、気がかりは所在のわからない『ワスプ』と改装小型空母であるが、仮に『ワスプ』が現れようとも、その頃にはミッドウェーの飛行場が復旧しているだろうという見通しだった。
それ以前に仕掛けてこられるのであれば、ミッドウェー海戦にも参加していたはずだ。だから、『ワスプ』が太平洋にいたとしても、まだ遠方にいる、というのが連合艦隊司令部の判断であった。
日本では、ミッドウェーの勝利と北方のキスカ、アッツの占領が華々しく報道された。無敵、連合艦隊。米空母3隻を撃沈――実際は2隻――、もはや太平洋に米空母はあらず。一部報道では、『米国、降伏か!?』などと調子のいい憶測まで流れる始末であった。
なお、大勝ムードにあって、日本側の被害は空母2隻の被弾、中破――と割と正しく報じられた。勝っている軍隊というのは正直だが、相変わらず航空機の損失については、過小に報じられた。
航空機の損失は25機の報道、実際は79機であった。日米空母航空隊が正面から戦った結果であり、米艦隊の対空砲火によってそれなりの被害が出た。
それなり、なのは、米空母を取り巻く護衛艦艇が少なく、被弾に弱い日本機が、飽和攻撃に近い状態で一斉にかかった結果、一定数は落ちたがそれ以上ではなかった、というところである。
通商保護の護衛に出した重巡洋艦や駆逐艦が、特破隊に沈められてきたことが、これら空母の護衛艦艇不足を招いたのだった。
ともあれ、MI作戦の終了は、次の作戦――フィジー、サモアおよびニューカレドニア攻略のFS作戦となるのだが――
・ ・ ・
「正直に言って、当初の予定では実施すること困難ではないか?」
連合艦隊旗艦、『大和』。その長官公室にて、山本五十六連合艦隊司令長官は言った。
ミッドウェー海戦中、腹痛に悩まされて気を紛らわすために将棋などを打っていたが、今ではすっかり回復している。
黒島 亀人首席参謀は、眉間に皺を寄せつつ言った。
「第一機動部隊からは、艦艇の補修と航空隊の再編を強く要望されております」
MI作戦の前から、とにかく時間をくれと南雲機動部隊は言っていた。インド洋から戻ってきて、ろくな準備期間――というより後始末が多くて多忙を極めていた機動部隊である。海戦以来、転戦を続け、航空機搭乗員の練度維持の訓練にも影響が出ている始末だった。
「しかし軍令部は、FS作戦を進めろと言っている」
ミッドウェーは譲歩したのだがら、今度は連合艦隊がフィジー・サモア攻略に注力する番だ、というところだろう。
山本の脳裏には、米豪分断よりも、ハワイを攻略し、米本土を攻撃。とにかくアメリカに戦争を諦めてもらうことしかないのだが、海軍という組織の中にあっては、一人の考えだけで全ては転がらないのである。
山本は、FS作戦のスケジュールを眺める。
計画によれば7月8日に、ニューカレドニア島を攻略開始。十日後の7月18日、フィジーを攻略。さらに7月21日にサモア攻略とあった。
陸軍は第17軍を編成し、ニューカレドニアに南海支隊の歩兵三個大隊を投入。フィジーに軍司令官の指揮のもと歩兵五個大隊。サモアには連隊長が指揮する歩兵1個大隊を用いるという計画となっている。
もちろん、以前に立てた計画なので、その想定より米軍の防備が強化されている可能性も高い。特破隊が通商破壊で守備隊の増援を防いでいるものの、各島に飛行場が建設されているという。
当初の予定通りには進まない可能性が高い上に、飛行場があるということは、こちらも機動部隊を投入し防空と施設攻撃は不可欠ということになる。
だが肝心の機動部隊が、補充と再編の時間をくれと悲鳴をあげているのである。
「そういえば……」
山本は、渡辺戦務参謀、佐々木航空参謀を見た。
「特破が使っている航空機の機動部隊配備の件はどうなっている?」
「武本重工の方では、機動部隊向けの航空機の生産は順調に進んでおります」
渡辺は答えた。一式艦上戦闘攻撃機と、九八式艦上偵察戦闘攻撃機のことである。
「全てを入れ替えるには、まだ足りないのですが、機種転換が必要でありますから、それはさほど心配はしていないのですが……」
機種転換と聞いて、山本は眉をひそめた。
「機種転換している暇はない、か」
FS作戦を予定通り実施するならば、無理である。渡辺がちらりと佐々木を見れば、航空参謀は頷いた。
「先行して搭乗員を十数名、新しい機体に触らせてみたのですが、そちらの評価はいまいちなところもありまして」
「というと?」
山本が不思議そうな顔をすれば、佐々木は続けた。
「一式艦戦については、零戦に比べて旋回性が落ちることに疑問の声が上がっております。まあ、それは零戦がキレ過ぎるというのもあるのですが」
「駄目なのか?」
「いえ、零戦より100キロ以上速い速度に満足する者もおります。さらに高速機動時の運動性は、むしろ零戦よりよいという評価でして、どちらかいえばいい印象をもたれているようです」
「ならば結構。九八式のほうは?」
「艦攻乗りからは、三座ではなく、複座になることに少々不安を持っている者もいるようです。偵察に関して、人の目が多いほうがいいですから。ただ、スピードや運動性は九七式艦攻を凌駕しておりますから、攻撃に関する面では些細な問題だというのが大方の意見です」
本当に些細な問題だった。もう箱はあるのだから、上層部としてはそれを使えと押し切ることもできる。
「問題は、艦爆乗りです。九八式は急降下爆撃ができません」
そもそもロケット弾や誘導弾の使用が前提の機体である。魔技研と特破隊は、急降下爆撃にすでに見切りをつけていた。それを聞いて、山本はそういうものかと腕を組んだ。
性能は明らかに特破隊の機体がよいのだが、熟練の急降下爆撃機乗りにとっては、必殺技を取り上げられるようなもので、これまで何のために血の滲むような猛訓練をやってきたのかわからないとなるのである。
気持ちはわかるが……うーん。命には変えられないと思うのだが、と山本は一定の同情はするが、戦死者の名前を手帳に書き記す苦痛を思えばやむなしである。
しかし新型を配備しても、機種転換の余裕がないでは話にならなかった。やはり日程に無理があるのだ。
ただ米空母がほぼ使えない今は、攻め時であるというのは間違いないのだが。




