第116話、海戦の後に
それは、ミッドウェー島より東におよそ550海里で起きた出来事であった。
哨戒線の形成から一変、米艦隊の追跡任務に切り替わった潜水艦部隊。そのうちの1隻、伊156潜水艦は、給油艦1、駆逐艦2隻からなる米部隊を発見した。
それはミッドウェー給油部隊。シマロン級艦隊給油艦『グアダルーペ』と、駆逐艦『ブルー』『ラルフ・タルボット』であった。
ミッドウェーの戦いで消耗した燃料を艦隊に補給するため後方に控えていたのだが、それを哨戒線任務だった伊号潜水艦が発見したのだ。
「……駄目だな」
伊156潜水艦、大橋 勝夫潜水中佐は、潜望鏡を覗き込みつつ、そして言った。
「射線の外だ」
潜水中の潜水艦の速度では、位置によっては艦隊型タンカーを狙うのも難しいこともある。
「駆逐艦もいるか……」
「艦長、どうします?」
「アメリカの空母が1隻、逃げているらしい」
南雲機動部隊との戦いで、米空母は3隻中2隻を撃沈。損傷した1隻が逃走し、それを『飛龍』『蒼龍』の2隻が追撃に移ったと通信を拾っている。
「手負いらしいから、そっちを仕留めるのを優先してもよかろう」
「はい」
「あのタンカーに固執して、空母を取り逃がしたとあっては、何を言われるかわかったものではない」
それでなくても、行きの敵空母は、こちらが哨戒線につく前に通過していて、第六艦隊としての面目が立たない。……もっともその件は、連合艦隊の作戦におけるスケジュールの短さで、配備が間に合わなかったのであり、第六艦隊ばかりが責められる謂われはないが。
「空母を相手のほうが兵たちも喜びます」
「うむ」
日本海軍に蔓延る、大物狙いの心境は、上から下まで徹底されている。輸送船や駆逐艦よりも戦艦、空母の大型艦を喰う。
最近こそ軍令部の方針で、艦隊攻撃から通商破壊戦に攻撃対象がシフトされてはいたものの、好機あらば戦艦や空母を撃沈することは奨励されている。実際それで、日本潜水艦は空母『サラトガ』を一度ドック送りにしている。
かくて、逃走する空母を追って、伊156は、早々に小部隊に見切りをつけた。
しかし、ここに、まったく逆の優先目標を掲げる部隊もいた。
・ ・ ・
特破隊第一戦闘群C偵察隊。水上機母艦『早岐』の九九式水上偵察戦闘攻撃機が、ミッドウェー給油部隊を発見した。
相変わらず、敵後方で獲物を漁っていた特破隊だが、旗艦『土佐』で報告を受けた神明 龍造大佐の命令は早かった。
「早岐より攻撃隊を出して、敵タンカー部隊を撃滅せよ」
C偵察隊を、敵補給部隊へ前進させる。
「もっとも、それも難しいが」
「そうなんですか?」
先任参謀の諏訪 将治少佐は首を傾けた。神明は頷く。
「米軍も警戒している。特に米空母が退避中とあれば、この補給部隊と接触も考えられる。――航空機が飛んでくるかもしれない」
「まさか。ハワイからなら往復が難しいでしょうし、その米空母も損傷していると聞いていますが」
「米軍のダメージコントロールを甘くみないことだ。もしかしたら、もう艦載機を飛ばせるたけの機能を回復させているかもしれない」
そうなったら、空母のいないC偵察隊は、空母1隻の残存航空隊の猛攻に晒される。味方空母が2隻やられて、米パイロットもさぞ鬱憤が溜まっているだろう。
「ここらで米軍に、一矢報いたなんて言われる戦果を献上するつもりはない。彼らには敗北だけを持ち帰ってもらわねば」
神明は淡々と言った。
「我々は、補給部隊を狙うが、敵が攻撃隊なりを送ってくるなら早々に離脱する」
それでも、攻撃を空振らせれば、彼らの闘志に水をかける効果はあるだろう。
「こちらに空母があれば、反撃も吝かではないが……。二航戦が追撃しているのだろう? 獲物をかすめとられたなんて、連合艦隊から恨まれても困る」
連合艦隊と軍令部直轄の特破隊。所属も違えば、縄張り争いもまた起きる。特破が、連合艦隊の軽視する通商破壊や後方攻撃をやる分には、波は立ちにくいが、艦隊同士の戦いの場で大物を沈めてしまえば、文句の一つも出る。
それで組織運用に支障が出ても困るのである。……本当なら、味方同士でいがみ合ったりしている場合ではないのだが、組織というものはそういうものである。海軍と陸軍の予算取りから犬猿の仲なんてものが、その最たるものだ。
水上機母艦『早岐』から飛び立った爆撃隊――4機の九九式水上偵察戦闘攻撃機は、ミッドウェー給油部隊のもとまで飛んでいくと、注文通りこれを葬った。
元々、九八式艦上偵察戦闘攻撃機の水上機版。その武装は艦偵型と同じであり、滑空魚雷はシマロン級給油艦、7590トンの艦隊をたちまち火だるまに変えた。
給油艦を沈めるのに2機で充分であり、残る2機は、護衛の2隻のバグレイ級駆逐艦に誘導魚雷をぶち当てる。
排水量2362トン。高角砲と兼用の5インチ両用砲を4基装備するも、遠方から落とされ、飛んでくる滑空魚雷を撃ち落とすことは叶わない。35ノットの高速機動で振り切ることもできず、それぞれ艦尾を吹き飛ばされ、沈んでいった。
・ ・ ・
ミッドウェー海戦は、米機動部隊の撤退でその勝敗は確定した。
第一機動部隊の一航戦と装甲哨戒空母『飛鶴』の航空隊が、ミッドウェー飛行場にトドメを差し、米航空隊を壊滅させた。
その後に、第二艦隊を主力とするミッドウェー攻略部隊が、島に接近。援護射撃を行いつつ、掃海隊が機雷などの掃討を開始。勇敢なPTボートが反撃に出てきたが、第二水雷戦隊の駆逐艦によって破壊された。
陸軍の一木支隊が上陸を行うと、爆撃を生きのびた海兵隊が迎撃した。近藤 信竹中将指揮の重巡洋艦『愛宕』、『鳥海』『妙高』『羽黒』に加え、戦艦『比叡』『金剛』が島を砲撃したものの、こちらはあまり効果的なものとはならなかった。
簡潔にいえば、陸軍との協力体制、支援について打ち合わせの不足。上陸部隊が真に必要な砲撃の要請などができるシステムがなかったのである。
ともあれ、もともとミッドウェー島自体が防御に向いた地形ではなかったこともあり、上陸から1日半、守備隊は壊滅したことで、同島は日本軍に占領された。
なお、米空母『エンタープライズ』は、二航戦の追撃を振り切り、潜水艦の警戒網をすり抜けて、退却に成功した。




