第115話、漂流する空母
第16任務部隊の2隻の空母は、日本軍攻撃隊に取り囲まれた。機関砲の弾幕をくぐり抜け、左右挟撃、さらに頭上からの連続した急降下爆撃にさらされ、そのすべてを躱すことはできなかった。
空母『ホーネット』の飛行甲板後部に250キロ爆弾が命中。そして艦体中央に航空魚雷が立て続けに二本が命中した。
「機関損傷! 速度落ちます!」
「シット!」
ホーネット艦長、マーク・ミッチャー大佐は短く罵る。そして電気が切れた。動力を失ったのだ。そしてさらに爆弾が甲板に着弾する。
「船体中央左舷に火災発生!」
「消火作業、急げ!」
艦がわずかに傾斜する。さらに行き足が止まってしまった。
一方、空母『エンタープライズ』もまた災厄に見舞われていた。飛行甲板に着弾、貫通した爆弾により火災を引き起こすと共に、後部エレベーターが破壊された。格納庫甲板を貫通した爆弾は、士官居住区を吹き飛ばした。
右舷重油タンクが破損し、海水が流入。こちらもわずかに傾斜を引き起こす。しかし魚雷は回避に成功した……というより、爆撃による被弾で一時、エンタープライズの操舵が旋回で固定された影響で、予定コースを大幅に外れてしまったのである。
護衛をしていた駆逐艦『エールウィン』と危うく衝突するところであったが、ギリギリで回避。一時的な舵の不良も何とか改善し、再び航行が可能となった。
だが飛行甲板の被弾による火災と、艦内はひどい有様であった。だが、それでも航行できるだけマシであった。
ホーネットは同じく炎上していたが、こちらは航行不能であったからだ。護衛の『モーリー』『モナハン』の消火支援はあったが、電気系統の喪失による消火ポンプが使用できない『ホーネット』の消火作業は難航はした。
日本軍攻撃隊が去った後、TF16の空母は双方とも手酷いダメージを受けていた。『エンタープライズ』では、消火もそこそこに飛行甲板の応急修理が急ピッチで進められた。攻撃隊が戻ってくるのだ。
「……」
TF16指揮官、レイモンド・スプルーアンス少将は、例によって淡々と報告を受けて、現状把握に務めた。
マイルズ・ブローニング参謀長は、表情を歪め、黙している。スプルーアンスは告げた。
「『ホーネット』は放棄。帰還した艦載機を収容後、TF16は海域を離脱する」
「提督!」
ブローニングが声を張り上げたが、スプルーアンスは表情ひとつ動かさなかった。
「建設的な意見は歓迎するが、何か?」
「……反撃できないのはやむを得ませんが、ホーネットは……」
「助からない。日本軍にはまだ無傷の空母が複数残っている」
巡洋艦が曳航したとて、二時間以内に敵の攻撃隊がトドメを刺しに現れる。それでジ・エンドだ。
「しかし……」
ミッドウェーはアメリカの領域である。それでもなお、空母を放棄しなくてはならないとは。これが敵の領域であれば、処分もやむなしではあるのだが。
「冷静になって考えたまえ。君が日本軍の指揮官だったなら、航行不能の『ホーネット』の曳航を黙って見逃すかね?」
「……いいえ」
敵の空母は必ず沈める。ここで大破した空母を沈めておけば、復帰の機会もなく、米海軍の貴重な空母をさらに減らすことができる。
「『エンタープライズ』がまだ戦闘可能であれば、『ホーネット』を生かす最善の努力を払うが、残念ながら、いまやこの『エンタープライズ』を生かして帰せるかも問題という状況だ」
ホーネットの乗組員を収容し、部隊を後退させる。スプルーアンスは命令を発した。
帰還したエンタープライズ、ホーネット、サラトガの航空隊を収容する『エンタープライズ』。だがエレベーターを1基失い、格納庫の一部も損傷していては、運用にも支障が出ており、極めて守りも脆弱な問題であった。
「2隻を叩き、こちらも2隻を失ったか……」
スプルーアンスは呟いた。
「もともと、イーブンの戦いではなかった。兵は善戦した」
「……」
ブローニングは答えなかった。
ホーネットから乗組員が退艦。駆逐艦『エレット』『バルチ』が魚雷を発射し、処分に移った。
・ ・ ・
米空母1隻が西へ撤退。もう1隻は大破、航行不能の模様。
偵察機の報告は、第一機動部隊司令部に届いた。司令長官の南雲 忠一中将は、薄く笑みを浮かべた。
「やったな、参謀長」
「はい。これでこの海域における米空母は一掃されました」
草鹿 龍之介参謀長は首肯した。南雲は言う。
「これでミッドウェー基地の攻撃に移れる」
六航戦が被害を受けて後退した今、早々に基地を無力化させなければ、攻略部隊に余計な被害を受けて、上陸作戦に影響が出てしまう。
南雲に与えられた命令は、ミッドウェー島占領の支援と、現れたら米空母の撃滅である。全体のスケジュールからみても、あまり悠長なことをしている時間はない。
「では、これからミッドウェーへ?」
「うむ」
「長官」
源田 実航空参謀が、風邪で具合を悪そうにしながらも発言した。
「漂流中の空母を放置もよろしくありません。ここは敵の海域ですから、回収されても面倒です。断固、ここで沈めるべきです」
「うむ、それもそうだな」
どうするのがいいか、南雲が草鹿に視線をやった。参謀長は言った。
「二航戦にトドメを任せましょう。一航戦は『飛鶴』と合流し、ミッドウェー島を攻撃するというのはどうでしょうか?」
「よろしい。ではそのようにしよう」
南雲の命令が出て、第二航空戦隊の『飛龍』『蒼龍』は、第一次攻撃隊を収容し、第三次攻撃隊の編成にかかった。




