第3話 駆ける
一瞬の浮遊感の後、強烈な重力が体を地面…いや、底の見えない空の果てへと引きずり込む。
風が刃物のように肌を打ち、視界が激しく歪む。
「あ……っ」
どんどん加速する落下速度。本能的な恐怖に耐えきれず、私はぎゅっと目を瞑った。やっぱり、バカなことしたかな……死の予感が背筋を駆け抜けた、その時だった。
「紬!」
届くはずのない声が、すぐ近くで響いた。 驚いて目を開けると、視界の先に、同じように空を舞う越野くんの姿があった。
「な……っ、なんで、いるの……!?」
驚きのあまり、敬語も忘れて叫んでいた。 彼は空中で器用に姿勢を制御しながら、私との距離を詰めてくる。そして、救いを求める私に向かって、力強く腕を伸ばし手を私に差し出した。まるで掴めというかのように。
「女の子一人にこんな危険なことさせて、自分だけ安全な場所に残れるわけないだろ?」
その手が、私の指先を、そして手首を、がっしりと掴んだ。 彼はそのまま私の体を引き寄せ、力強い腕で抱きしめる。落下による衝撃を和らげるように、彼は自分の体を下にして、私を包み込む盾となった。
……温かい。 さっきまで私を切り刻んでいた冷たい風が、彼の腕の中で嘘のように消えていく。
死の恐怖と、彼の体温。 相反する感情が胸の中で混ざり合い、私の心臓は壊れたように鼓動を刻んでいた。けれど、この絶望的な状況で、私は不思議なほどの安心感に包まれていた。
「……大丈夫?」
耳元で、彼の心配そうな声が聞こえる。 返事をしようとしたけれど、急激な安堵のせいか、それとも極限の緊張が解けたせいか、抗いがたい眠気が私を襲った。
視界がゆっくりと、闇に染まっていく。
私の意識が深い眠りへと落ちていった。
「……まだ、寝ていたい」
抗いがたい眠気の中にいたいと願ったけれど、私の意識は無慈悲に覚醒した。 目を開けると、そこはいつもの、見慣れた自分の部屋。
……夢、だったのかな
さっきまで隣にいた越野くんの姿も、どこまでも続く青い空もない。 けれど、あの日以来ずっと寂しく、冷たく感じていたベッドが、今日は驚くほど温かかった。 繋がれた手の感触が、まだ肌に残っている。お母さんの手と同じ、私の心にすっと入り込んで、丸ごと包み込んでくれるような、優しい温もり。
会ってから一日も経っていないのに、私はもう、彼に惹かれているのかもしれない。
「ありえないよね……」
自分に言い聞かせるように呟く。浮気されて、冷え切ってしまった私の心が、ただ「温かさ」を求めて都合のいい夢を見ただけ。そう言い切ってしまえれば楽なのに、私の心は彼のぬくもりを忘れさせてはくれなかった。
学校が終わり、部活のない私は、友人の綾と一緒に校門へと急ぐ。
「紬、なんか今日幸せそうな顔してない? さては……男でしょ!」
「なっ……! そんなことないに決まってるじゃん」 綾の鋭すぎる勘に動揺を隠せず、私は慌てて視線を逸らした。 平静を装いながら和気あいあいと下校する道すがら、頭の片隅ではずっと彼のことを考えていた。
越野さん、○△○中学校って言ってたよね。もし、あれが夢じゃなかったら。いつか、現実でも会えたりするのかな……
そんな恥ずかしい妄想をしていた私に、再会は意外なほど早く訪れた。
「やっほ。元気にしてた?」
手をひらひらとさせて、見覚えのある少年が私に話しかけてきた。 そこは、あの場所だった。窓の外に雲海が広がる、不思議な、空の上の教室。
「え……っ、どうして……?」 戸惑う私を見て、越野さんは眩しいほどの笑顔を浮かべた。
「俺も三十分前、急にここに来ちゃってさ。状況はよく分かんないけど、君を待つことにしたんだ。」
ニコッと笑う彼の笑顔が、あまりに綺麗で胸が苦しくなる。 この教室は、出口のない迷宮で、私にとっては地獄のような場所かもしれない。 けれど、彼と一緒にいられるなら、この時間がずっと続いてほしい――そんなことを思ってしまう。
「うん……」
ここは眠りに落ちた者だけが訪れることができる、秘密の場所。お母さんが話してた、
「空の教室」
違和感ありすぎてちょっとやばいと思うんですけどちょっとずつ編集して直すつもりです…後今日だけ3話分投稿しました!




