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第二十一話



「――で、そこからしっちゃかめっちゃか。お互いブチギレて言いたいこと言い合って。でも……和解はもう無理だと思う」


 グラスから水滴が落ちる。


「大貴ってやつ、相当狂ってない? めっちゃ怖い」

「ちょっと狂気を感じるね」


 二人は真剣に聞いてくれている。

 あれは俺の知っている大貴じゃない。

 でもここまで大貴を変えてしまったのは間違いなく俺だ。


「俺が追い詰めたせいだってわかってる。だから俺にならいくらでも何してもいい。だけど悠理ちゃんは、違う」


 俺が勝手に好きなだけなのに。

 俺のせいでまた関係ない悠理ちゃんが傷つくのは、自分が自分を許せない。

 拳に力が加わり続ける。


「確かに星名さんを巻き込むのは違うよな。旭と大貴と加原さんだっけ? その三人で話せばいい話じゃね?」

「俺もそう思うんだけど、それを大貴が拒むんだ」


 人の気持ちは本当によくわからない。

 それが一番いい方法だと思うのに。


「時間が経つに連れて旭への憎しみが増して、矛先が旭が好きな星名さんに向いちゃったんだろうな。時間が経つとほら、妄想とか思い込みとか色々混ざっちゃうからさ」

「確かに。時間経つといらんこと考えちゃう」


 港の言葉に啓太はふむふむと頷いている。

 あのとき俺が大貴にもっとちゃんと向き合っていたら、ここまでならなかったのかもしれない。

 でももうそれは過去で。


「でもそれならなんで星名さんを避けるんだ? 近くで守った方がいいんじゃない?」


 そう思われても仕方ないと思い、顔を歪める。


「大貴に言われたんだ。もし俺が悠理ちゃんと一緒にいるところを見たら、俺らの今日のことを話したら、そのときは悠理ちゃんに何か起きると思えって」


 笑えない。本当に笑えない。

 二人が息を呑んだのがわかる。


「だからできるだけ避けているんだ。そばで守りたいけど、そうすると悠理ちゃんの自由を奪う。あの日のことを話したら協力してくれるだろうけど、きっとずっと怖い思いをしたまま過ごさなきゃいけない。俺にはそれが耐えられない」

 

 何も知らないまま笑っていてほしい。

 俺さえ関わらなければ、悠理ちゃんの自由も笑顔もきっと守れるはずだから。


「……旭はそれでいいの?」


 湊の言葉に苦し紛れに奥歯を噛みしめる。


「いいわけじゃない。でももう俺のせいで傷つけたくない。もう昔みたいに守れなくて、一人で泣かせてしまうのは嫌なんだ」


 あの日の言葉、あの日の泣き顔、ずっと頭にこびりついている。

 「旭くんのせい」そう、あの時も今回も。

 悔しくて、情けなくて、制服がシワシワになる。


「こうやって俺達に話している時点で、前とは違う行動を取りたいってことなんじゃないの」


 その言葉にハッとする。


「きっとそのときはその選択しか見つからなかったけど、今の旭なら他にも見つけられるはず」


 二人の顔を見ると頷いている。

 確かにあのときはまだ幼くて、選択肢が他に見つからなかった。

 目先のことでいっぱいになり、先が見えていなかった。

 でも今はどうだろう。

 本当に悠理ちゃんを遠ざけることが一番いいのだろうか。

 大貴が真実を知らないまま、苦しんでいるのを放置していいのだろうか。

 逃げてばかりで二人から目を背けて、何もかも失っていいのだろうか。

 俺はやっぱり――二人を失いたくない。

 これ以上溝ができたら取り返しがつかなくなることに恐怖心が消えたわけじゃない。

 今も想像しただけで手の震えが。

 でももう逃げたくない。

 あのときよりも俺は、未来を選ぶ知識も経験も力も身につけたはずだから。

 手の震える握り潰す。


「湊、啓太、ありがとう。俺もう一度頑張る。向き合うよ」


 二人は微笑んでくれる。


「まぁ、旭がクヨクヨしてるのはなんだか気持ち悪いしな」

「旭らしくないし、不器用なりに突き進むのが旭だよ」


 そんなことを言いながら応援し、励ましてれる。

 きっと一人だったら前へ進めなくて、トンネルから抜け出せないまま、自分を責めて終わっていた気がする。


「今日は俺に奢らせて」


 二人に感謝の気持ちを込めて伝える。

 

「最初っからそのつもり!」


 バシッと背中を叩きながらニカッと笑う啓太の反応に肩の力が少し抜ける。

 メニュー表から選んでいる二人を見ながら、安堵と覚悟が湧き上がってくるのがわかった。

 真実を手繰り寄せるには、当事者全員で言葉で伝えるしかないだろう。

 まず俺は何をしたらいいのかしっかり考えてなければ。

 そして悠理ちゃんを止める。


「なぁ、星名さんにはこのことを伝えないの?」


 注文を終えた啓太の言葉に少し考える。


「……すぐには伝えない。でも多分伝えても伝えなくても悠理ちゃんなら行動すると思う。だからあまり刺激しないで裏で動いた方がいい気がして」


 カラオケで話したとき、関わりを持たないことを頑なに拒んでいた。

 だから何を言っても関わってくるだろう。


「星名さんもきっと旭を守りたいんだな」


 その呟きに目を見開く。


「えっ……」

「だってそうじゃなきゃここまでしなくない?」

「……」


 言葉が出てこない。

 そんなことがあるのだろうか。

 そんな都合のいいことが。

 気が緩んでしまいそうになり、見えないところで手の甲を抓って雑念を払う。


「うーん、まぁ本当のことは星名さんにしかわからないけどさ。で、どうやって星名さんを守るの?」

「あぁ、それには他にも協力者がいるから」

「協力者?」

「うん、心強い協力者」


 悠理ちゃんのことをよく知っていて、話をしたら快く協力してくれると言った人。

 だからこれで悠理ちゃんの行動も少しはわかるはず。

 行動を止められないなら、これ以上踏み込み過ぎないように、気づかれないよう俺ができることはする。

 氷がカランと鳴る。

 スタートラインを切る音がした。

 



 


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