第二十二話
「ただいま」
どうやって帰ってきたかもよくわからない。
でも家族に心配かけたくないから、何事もなかったように振る舞う。
「あれ? おかえり。迎えに行ったのに」
「友達と会って途中まで一緒に帰ってきたの」
嘘で塗り固めた笑顔を作る。
迎えのことすっかり忘れていた。
「そう。よかったね。部屋に行くならついでにこれ陸に持って行ってくれないかな?」
「わかった」
上手に笑えていただろうか。
階段をのそのそ歩く。
コンコン。
「陸、入ってもいい?」
「はーい」
ガチャッ。
「どうしたの、姉ちゃん」
「これお母さんが」
母から預かったものを渡す。
「ありがとう」
「いいえー」
そのまま部屋を出ようとする。
「あー、姉ちゃんも食べる? これ姉ちゃんも好きでしょ」
突然はいっと渡される。
「えっもらってもいいの?」
「うん」
「ありがとう」
「うん」
昔から私が好きなお菓子。
よく旭くんと食べていたのを思い出して少し苦笑いに。
「姉ちゃん」
「ん?」
「……あんまり無茶すんなよ」
「えっ?」
突然告げられた言葉に何を意味するのかわからなくて固まる。
「……っ、俺これからやることあるから。じゃあね」
「えっあっ」
もうこちらには用はないとでも言うかのように、机に向かって陸は勉強を始めていた。
訳がわからないままだけど、もう聞くことができる雰囲気ではない。
「ありがとう、陸」
お礼を言い陸の部屋を後にして、自分の部屋に入る。
そしてカバンを机の上に置いて、ベッドに横になる。
今日一日で色々なことがありすぎた。
私がしてきたことは本当に正しかったのだろうか。
あんな顔をした旭くんを見たかったわけじゃない。
悔しくて布団をぎゅっと握る。
誰も傷つけず、正解を導き出せる方法もあったのかもしれない。
探し続ければ見つかったかもしれないけど、それまでにどれぐらいの月日が流れるだろう。
その間にどれぐらいの溝が深くなるだろう。
「行動しなきゃ……後悔しか残らないんだよ」
天井を眺めながら呟く。
行動を移さなかった後悔を私は知っている。
チャンスが何度も訪れるわけでもないのも知っている。
天井に向けて手を伸ばす。
「ごめんね。でも私」
伸ばした手の隙間が眩しくて目を瞑りたくなる。
「嫌われたとしても、諦めたくないんだ」
目を逸らさず、光を閉じ込めるかのように手を握った。
制服のままベッドに横になってしまったことにようやく気づき、シワになる前に着替える。
スマホには咲乃と玲奈から連絡がきていた。
迷惑かけたこと、大丈夫なことをメッセージで送る。
「せっかく背中を押してもらえたのに、二人には悪いことしちゃった。明日ちゃんと謝ろう」
部屋のカーテンを開ける。
明かりは、ついていない。
まだ帰ってきてないのかもしれない。
佐伯くんと戸川くんにお願いしちゃったけど大丈夫かな。
巻き込むつもりはなかったのに、結局みんなを巻き込む形になってしまって。
ふーと息を吐き、窓に背中を預ける。
そして両頬をパシッと叩く。
「クヨクヨしない」
いつもの悪い癖が顔を出すのを止めた。
夕食やお風呂を済ませて、いざ菜月に連絡をする。
『葉山くんと会って少し話したよ』
メッセージを送るとすぐ着信が。
「もしもし」
「もしもし、葉山に会ったって本当!?」
「うん。今日会ったの」
「詳しく!」
菜月からの急な電話と少し興奮気味な様子に若干驚く。
そして全部話すことに躊躇したくなるのを払い除け、話すことに。
「――ていうことなんだ」
所々言葉に詰まりながら話し終える。
手が少し震えているのがわかった。
「……そうだったんだ。辛い話させてごめんね」
「うん、私は大丈夫だよ。ちゃんと共有したかったし。寧ろ暗い感じになってこっちこそごめんね」
「そんなことないよ。話してくれてありがとう」
菜月の声からも少し元気がない気がする。
「ううん。こうなるだろうとはわかってて。それでも私の勝手で二人に仲直りしてほしくて、菜月に協力を求めたわけだから。想定内なんだ」
へへへっと空笑いをするけど、菜月は納得いかない様子で。
「私も仲直りしてほしい。けど悠理が傷つくのは嫌」
その言葉を言ってくれただけで十分。
「ありがとう。でも多分もう誰も傷つかないって無理だと思う。現に私は菜月も葉山くんも傷つけたし」
そう、既にみんな傷つけ合っている。
ベッドにそのまま横になる。
「きっとこの先も傷つくと思う。私だけじゃなくて菜月たちも。それでも真実を知って、言葉でちゃんと伝え合ってほしい。後悔、してほしくないんだ」
この願いはきっと私のわがまま。
でもボタンの掛け違いを放置したくない。
真っ直ぐ天井を見る。
「私もみんなを傷つけたし、これからもきっと傷つける。それでも何も知らずに傷ついているより、真実を知って傷ついて受け止めた方が前へ進めるよね」
「うん」
どんな形であれ、真実を知らなければ、掴めたとしても掴みきれない霧の中を彷徨っているのと同じ。
でも真実に向き合えるチャンスがあるのなら、ぶつかりたい。
それが求めていたものじゃなかったとしても。
「菜月は? 高野くんと何か進展はあった?」
私の言葉に菜月が言い淀む。
「……っ、ごめん、私は何も成果がない。連絡も返ってこなくて、会いに行っても会ってもらえなくて」
声が落ち込んでいるのがわかる。
「そっか。高野くんもきっと葉山くんから聞いて、菜月のことも警戒しているのかもね」
どうしてこうも上手くピースがハマらないのだろう。
もどかしさが募る。
「私が高野くんに連絡してみようか?」
「えっでも悠理の負担が……」
「私なら大丈夫だよ。まぁ私が連絡して返信くるかわからないけど」
苦笑いをする。
でも今できることはしたい。
「でも葉山は悠理が高野と関わり合うの嫌がってたんでしょう? きっと何かあるんだと思う。危険じゃない?」
「そう、なのかな」
今冷静に考えてみると、あんなに葉山くんが怒っていたことには理由があるのだろう。
葉山くんがあんな剣幕で怒るなんて初めて見たから。
少し体が寒くなる。
「私、駅で高野のこと待ち伏せしようと思う。それもダメだったら悠理にお願いしちゃうかもだけど……いい?」
「うん、菜月がそれでいいなら。でも無理しないでね。なんなら一緒に待ち伏せするよ?」
「ううん、それは葉山に怒られそう。それに一人でとりあえずやってみたい」
菜月の決意を私は応援したい。
きっと一人なら葉山くんとの出来事で落ち込んで、諦めていたと思う。
でも同じ目標の菜月がいて、一緒に考えて前へ進む仲間がいたら突き進める。
「また美味しいもの一緒に食べに行こうね」
「うん、食べに行こう! 二人でも行きたいけど、四人でも行きたいね」
「ふふ、仲直りしたら二人に奢ってもらおうか」
「確かにー!」
さっきまでの雰囲気と打って変わって和やかに。
きっとそんな日がくることを心から願う。
窓から入ってくる風がとても心地よかった。




