第十九話
俺はあの何気ない出来事を深く考えずにいた。
だからあんなことになるなんて思いもしなかったんだ。
***
「旭! お前、俺を裏切ったのか?」
卒業式の日に突然、大貴に怒鳴られる。
「は? なんのこと?」
俺には身に覚えがないから、意味がわからない。
「隠すんじゃねえよ。俺が加原が好きって知ってるくせにっ」
そんなの前から知ってることだ。
好きがダダ漏れしてるし、何度も相談を受けている。
今日告白する予定なのも事前に聞いていて、背中を押したんだから。
「知ってるよ。だから今日応援するって言ったじゃないか」
その言葉に益々大貴の顔の堀が深くなる。
「馬鹿にしてんのか? 笑いものにするつもりか?」
「は? 意味わからん。俺は心から応援……」
勢い良く胸倉を掴まれる。
「何すんだよ!」
「俺がどんな気持ちでっ、」
なんでこんなことされているのか理解できなくて戸惑う。
「だからなんなんだよ!」
「加原は……っ、お前が! 好きなんだろ! それもお前もそれは知ってんだろ!」
突然の話に目がこれでもかと見開く。
加原が俺が好き?
あり得ないだろ。
だって加原が好きなのは――
「何勘違いしてんだよ。加原が俺を好きなわけないだろ。だって加原は……」
「見たって」
「はぁ?」
「……旭と加原がっ、抱きしめているところ」
「抱き、しめる……?」
「理科室で二人を見たって」
抱きしめるってそんなことしてな……あっもしかして。
ドンと鈍器で殴られたよう。
あのときは確かに驚きはしたことだけど、俺にとってはそんなに大事ではなくて。
あの後すっかり加原も普通だったから深く聞くのも違うし、いつの間にか頭の片隅に消えていた。
「あれはっ」
俺が言葉を発すると、大貴は苦しそうで奥歯を強く噛んだ顔になる。
「やっぱり裏切ったんだな」
声が地響きが起きるような威圧感。
「違う! 裏切ってない! 話を聞けっ」
パッと胸倉から手を離される。
「何?」
「……っ、あれはたまたまなんだよ。理科室に忘れ物を取りに行ったら、加原がいて……」
「ハッ、それで告白されて抱きしめたとか?」
「だから違うって! そういうんじゃない。告白されたわけでも、抱きしめていたわけでもない。ただ……肩を貸してただけなんだ」
「なんで?」
「……それはっ、言えない」
「ハッやっぱり言えないことしてんじゃないか」
「断じてしてない! ただ本人に理由は聞かなかったし、加原に誰にも言わないって約束したから」
なんであのとき俺は理由を聞かなかったのかと、ものすごく後悔する。
聞いておくべきだった。
今思えばなんとなくスポーツ推薦のことだろうとはわかるけど、確証がないから下手なことは言えない。
「下手な言い訳だな」
鼻で笑われる。
「違うんだ、本当に。俺と加原の間には何もないんだ」
悔しくて、声がどんどん弱々しくなる。
こんな苦し紛れな言い訳、大貴に通用するわけない。
明確な理由も、潔白を証明するものもない。
俺が逆な立場だったらきっと大貴と同じことをする。
大貴がどれだけ加原のこと好きなのか知っているから。
「今ここに加原を呼ぼう。そしてあのときのこと、加原にも聞こう」
それが一番いい。
だって二人で否定すればいいだけで――
「加原を呼ぶ……?」
「うん」
俺は頷く。
大貴は一度こちらを見た後
「いや、呼ばなくていい」
「なんで! だってそうすればっ」
「呼ばなくていいってば!」
大きい声にビクッと体が反応する。
「あーごめんごめん。大きい声出しすぎた。へへ、加原からは聞かないことにする。だって旭がやっぱり嘘つくわけないもんな? 旭はいつも俺のこと応援してくれてたし、旭見てたら加原に興味ないのわかるし」
先程と打って変わってヘラヘラ笑っている。
「俺は大貴と加原のこと応援しているのは今も昔も変わらない。だから大貴を裏切るようなことは絶対していない。でも……あのときのこと話さなかったのは悪かった。ごめん」
頭を思いっきり下げる。
「……いいっていいって。旭のことだから忘れてたんだろ? そこまで重要じゃないことは旭すーぐ忘れるからさっ」
肩をポンポンとされて、ケラケラ笑われている。
「でも、軽率だった。本当にごめん」
「もういいっていいって。今日卒業式だろ? これから別々の高校なのにこのままじゃ嫌だし。旭は俺の一番の親友だからさ」
肩に腕を組んでな?と聞かれる。
「うん……」
「そんな顔するなって! これから部活のメンバーとの集まりだろ?」
「そうだけど……大貴は加原に」
「あーそのことなんだけどさ、告白は今日じゃなくてまた後日にするわ!」
二カッと笑ってくる。
俺のせいだ。
俺があのとき話していれば、あのとき忘れ物をしなければ、加原に気づかなければ。
たらればが止まらない。
自分の顔から温度がなくなっていくのがわかる。
「だってさー、俺これから高校でめーっちゃ部活頑張る予定でさ。大貴くんかっこいい!って加原がメロメロになってからの方が最高じゃない?」
へへへって笑っているけど、それが本当の笑顔なのか嘘の笑顔なのか、もう見分けがつかない。
「だからさー、旭はこれからも俺の相談と協力、お願いね?」
「うん、それはもちろん。俺のできることは全力でする」
「さすが親友の旭くーん!」
そう言ってグータッチをしてくる。
「あーだからさ、俺からのお願い今聞いてくれる?」
「何?」
「加原ともう連絡とらないで。それとこの話は加原とはもうしないで」
少し温度の低い言葉で言われるからビクッとする。
「ハハ俺、嫉妬深いじゃん? 旭のことだからもう加原とは会わないってわかってる。でも連絡はー、今回のこともあるしするかもしれないかなって思ってさ」
「わかった。しない。連絡先も消すよ」
「いやいや、そこまでは。部長副部長の連絡グループから抜けるのはまずいから。連絡しなければいいよ」
「わかった。約束する。今日のことも、連絡も加原にはしない」
「約束な。俺は、旭のこと信じてるよ」
信じてるよの言葉の重みがより一層重く感じる。
もう大貴のことは裏切らない。
それからも大貴には罪悪感を抱きながら慎重に関わるようになり、大貴のことを警戒しながら過ごしていたけれど、驚く程今まで通りで。
相変わらず加原のことは相談してくるし、協力を仰ごうともしてくる。
あの出来事は夢だったのではないかと錯覚するほど、何事もなく日々が流れていく。
でも心の中にはまだ見えない、見つからないピースがあることに俺は目を背けようとしていたんだ。




