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第十三話


 

 少し長居をしたからカフェを出ることにし、菜月が家でゆっくり話そうというので、奈月の家にお邪魔することになった。

 立派なお家で、菜月の部屋は菜月らしいホワイトの洗練された部屋。

 几帳面に本が並んでいるのが真面目だと伺えるし、それなのにベッドに少し大きくて可愛いぬいぐるみが一つ置いてあるのがなんとも菜月らしい。

 

「ここどうぞ」

「ありがとう」


 コンビニで買ってきた飲み物とお菓子を取り出す。

 お互い期間限定に弱いから、思わず買いすぎてしまった。

 借りたコップに飲み物を注ぐ。

   

「そうそう、葉山との話だよね。あれは中三のときに私、葉山に助けてもらったことがあるんだ。確かあのときは――」



 ***


 

 スポーツ推薦が貰えそうだった高校を怪我が理由で辞退することに決めた。

 そのことを知った同じキャプテンの高野は「せっかく推薦もらえそうだったのにな」とすごく残念そうに言うから、明るく「他に行きたい高校があったからちょうどいいよ!」と笑ってみせた。

 本当は、あんなに頑張っていたから悔しい。

 だけど強がりな自分が顔を出し必死に誤魔化す。

 これでいい。今までもこうだったから。

 高野の前ではきれいな自分でいたい。

 だけど無意識にふらっと入った教室で涙が溢れてきて。 

 推薦がダメになった悔しさと、もう頑張らなくていい安堵、どっちもあって感情がぐちゃぐちゃに。

 蹲って隠れて泣いていたはずなのに、いきなりガラガラとドアが開く。

 入ってきたのは葉山だった。

 忘れ物を取りに来たみたいで私がいることに最初は気づかなかったみたいだけど、私が泣いていると気づくと目を見開いた後こちらにやってくる。

「何かあった?」の言葉に涙に勢いが増す。

 戸惑う葉山に私は「お願い、誰も言わないで」と言って無意識に葉山の胸に頭を預けていた。

 私が泣き止むまで葉山はただひたすら待っていてくれて、落ち着いてきた頃、申し訳無さと羞恥心ででいっぱいに。

 ものすごい勢いで謝ったが、葉山は「気にしなくていい」と言い、心配までしてくれた。

 泣いていた理由は特に聞かれなかったけど、「加原が本当に頼りたいやつに頼れるようになるといいな」と言われ全身がカーッと赤くなる。

「私の好きな人……わかるの?」と動揺でいつの間にか口から言葉が溢れると「まぁ、なんとなく。でも本人は気づいてないよ」と葉山は頬を掻きながら言うので、私はそのまま顔を手で覆う。

 隠せていると思っていたのに全然隠せていなかった。

「加原の好きな人のことも、今日のことも誰にも言わないから。約束するよ。もう大丈夫か?」その言葉に頷いて「ありがとう」と伝えると、葉山は立ち上がり屈伸したあと「じゃあ、落ち着いてきたみたいだから俺帰るわ。あんまり考えすぎんなよ」と手をヒラヒラさせ行ってしまった。


 ***



「――ということがあったの。葉山は約束を守って誰にも言わなかったみたいで、あの後誰からも何も言われなかった。だから葉山に貸しがあるんだ」


 そう言って菜月が小さく微笑む。


「そう、だったんだ。話してくれてありがとうね」


 私もつられて微笑む。

 ずっと知りたかったこと。

 これがあのときの本当の出来事だったんだ。


「私ね、今もその人が好きなの。でも嫌な思いさせちゃってごめんね」

「ううん、嫌な思いはしてないよ。ただ少しびっくりしただけなんだ」


 私は作り笑いをする。

 あの抱擁はただの勘違い。

 葉山くんはただ泣いている菜月をほっとけなくて、雪崩れてくる菜月に胸を貸しただけで。

 菜月は泣いているのを誰にも知られたくないから、葉山くんに黙っててほしいと言っただけで。

 どっちも、何も、悪くない。だけど――


「……その、気分を悪くしたらごめんね。本当にっ、誰にも何も、言われなかった?」


 この先に進んだら菜月を傷つけるとわかっている。

 できれば菜月を傷つけたくない。

 きっと葉山くんも同じ気持ちだから、ずっと黙っていたんだと思う。

 でも私は葉山くんが一人で全部抱え込むのも嫌で。

 これは葉山くんを裏切ることにもなるのだろう。

 手がカタカタ震えだす。

 菜月をチラっと見ると、私が発した言葉に菜月は唖然としている。


「え……っ、誰かから聞いたの?」


 胸が締め付けられる。

 菜月にあんなに優しくしてもらったのに。

 もう後戻りはできない。ごめんなさい。

 コクリと頷く。


「えっうそっ、葉山? それとも他の人?」


 口を開けたり、閉めたり、苦し紛れに言う。


「高野、くん……」

「高野……って、もしかして高野大貴っ?」


 菜月の方を真っ直ぐ見れないまま頷く。


「うそ……」


 手に持っていたお菓子をポトッと落とし、一瞬で顔面蒼白になる。


「えっあっごめん!菜月を責めたいわけじゃなくてっ」


 想像以上の変化に慌ててしまう。

 こんな顔させたいわけじゃないのに。


「うん、わかってる。悠理がそういう子じゃないことは。ただその衝撃的で……悠理は直接高野に聞いたの?」


 菜月が混乱しているのが目に見えてわかる。

  

「ほんとごめんね。うん、直接言われたの」

「ううん、こっちこそごめん……よかったら詳しく、教えてくれる?」

「……嫌な思いするかもだけど、いいの?」

「うん、知りたい」

「っ、わかった。その、たまたま電車で会って――」


 電車での話と、葉山くんにも話を聞いたことを伝える。


「誰かが見ていて、卒業式のとき高野は誰かから聞いた。それで高野と葉山が揉めたってこと? えっあっそれ私のせいだよね。私が黙っててって言ったから、葉山はっ」


 震えながら顔を手で覆う菜月。


「違う! 菜月が悪いわけじゃない。あのとき菜月は誰にも知られたくないから隠れて泣いていただけで、たまたま葉山くんが居合わせただけで。本当に偶然で、……っ、誰も悪くないんだよ」


 運悪く偶然が重なってしまっただけ。

 私には三人の関係性はよくわからない。

 だけどたぶん葉山くんと高野くんが揉めた理由。

 それは――高野くんが菜月を好きだから。

 葉山くんは揉めた理由は教えてくれなかったけど、そういうことだと思う。


「……っ、ごめんね」


 弱々しく呟く菜月に、私は奈月の手を包み込む。

 私は首を横に振りながら、手に力が入る。


「私、何も知らなくて、一人で呑気にしてて。悠理に教えてもらわなかったら、ずっと知らないままだった。高野と葉山がすごく仲良いの知っているのに、私が壊しちゃったんだ」


 涙が溢れて止まらない菜月に、手から苦しさ伝って来るような気がして、私まで泣きそうになる。


「きっと二人の間だけで隠したんだと思う。菜月は二人にとって大切な人だから。傷つけたくないから。でもそれを、……っ、私がっ、ぶち壊したの。みんなの想いも、関係も。だから、だからっ、」


 こうなるかもしれないとわかってたのに。

 何度も迷ってやっと覚悟を決めたのに。

 葉山くんが、高野くんが、守ろうとしていた菜月を、私が傷つけた。

 私の自分勝手な想いから。

 私が泣いていいはずないのに、ずっと張り詰めていた糸が切れて、濁流のように流れてくる。

 暫くお互いの手を握りしめながら泣いていた。

 

  


 


 

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