56話 神の名の下に
――魔女裁判の翌日。
魔女裁判の糺問官ヴァレリウス枢機卿を乗せた馬車が、王宮を目指して大聖堂を出発した。
枢機卿の馬車を守るようにして、神の印を掲げた聖騎士団の隊列も共に進んだ。
「聖騎士団だ!」
大通りを進む枢機卿の馬車とそれを守る聖騎士団の神々しい隊列を、王都民たちは物珍しそうに見物した。
通りの端に避けて隊列を見守る者たち、家々の窓から眺める者たち。
「王宮に魔女を捕まえにいくんだとよ」
ヴェルニエ公爵派閥の者たちが、子飼いの平民たちを使って早くも市井に噂話を流し始めていた。
「枢機卿様は王宮に魔女退治に行かれるんだ」
「王妃様はやはり魔女だったそうだ」
王都民たちが好奇の目を向け、囁き合う中を、枢機卿の馬車と聖騎士団は進んだ。
そして王宮の正門に到着した。
「開門!」
王宮の堅牢な正門が、内側から開かれた。
枢機卿の馬車と聖騎士団は列を成して、正門から堂々と入城した。
◆
枢機卿と武装した聖騎士団が王宮に入った。
「どうして聖騎士団が?」
「あの緋の衣は……枢機卿?!」
「小ソレル将軍まで……」
聖騎士団の隊列には、王国軍の小ソレル将軍も腹心の部下たちを連れて合流していた。
小ソレル将軍は、ヴェルニエ公爵夫人の従兄ソレル大将軍の息子だ。
小ソレル将軍とその部下たちは聖騎士団のために正門を開ける仕事をした者たちだった。
彼らはそのまま聖騎士団に合流して王宮の中を進み、怪訝な表情をする衛兵がいれば「緊急だ。道を開けよ」と命じた。
枢機卿と聖騎士団、そして小ソレル将軍とその腹心の部下たちが、ぞろぞろと王宮の中に入る様子を見て、動揺する者と、いつも通りに平然としている者の二種類がいた。
平然としている者たちは、ヴェルニエ公爵派閥の肝煎りで、枢機卿と聖騎士団を援護するようにと命じられている者たちだ。
「聖騎士団が来る予定など知らされていない……」
泡を食ったような顔でそう呟いた侍従に、ヴェルニエ公爵派閥の肝煎りの侍従が何食わぬ顔で言う。
「小ソレル将軍がご一緒なのです。緊急の用件では?」
侍従や侍女たちが騒然とする中、侍女長ブノワ夫人が悠然とした歩みで聖騎士団の前に進み出た。
「王妃様のお部屋にご案内いたします」
そして侍女長ブノワ夫人は聖騎士団の一行の先導を始めた。
その様子を見て、奇妙な事態に戸惑っていた侍従や侍女たちは魔法で騙されたような顔になる。
「ブノワ夫人はご存知なのね……」
「急な予定か。まだ通達が無いが……」
昨日、王妃が魔女裁判を欠席したことを知る者たちは、枢機卿と聖騎士団が突然王宮に現れるというこの事態に、うっすらと事態を察した。
「ねえ、王妃様は昨日、魔女裁判をおさぼりになったわよね」
「それで枢機卿がお怒りになって乗り込んできたの?」
「見え見えの仮病だったものね」
侍従や侍女たち、要所要所に配置されている衛兵たちが奇異の目を向ける中。
侍女長ブノワ夫人に案内され、枢機卿と聖騎士団の一行は堂々と王宮の中を進んで行った。
王宮の奥、国王一家が生活する私的な居住区を目指して。
「ま、待たれよ! 来訪者の予定は知らされておりません!」
国王一家の私的な居住区で働く侍従たちが、国王一家の居住区に立ち入ろうとする聖騎士団の前に立ちはだかった。
「国王陛下がご承知のことであるなら招待状をお見せいただきたい」
そう言った侍従に、聖騎士団の一行を先導している侍女長ブノワ夫人は平然として言った。
「控えなさい。枢機卿猊下が緊急の用件でいらっしゃったのです」
しかし侍従は食い下がった。
「ブノワ夫人、規則でございます。国王陛下ご一家の安全のため、招待状のない者を勝手に通すわけにはまいりません」
侍女長ブノワ夫人と侍従のやりとりを、他の侍従や衛兵たちは戸惑うような表情を浮かべて無言で見守っている。
「招待状はありません」
聖騎士団の一行の中から、凛とした若い声が上がった。
ヴァレリウス枢機卿の声だった。
「しかし神のご意思です」
聖騎士団に守られるようにしていたヴァレリウス枢機卿は、前に出て言った。
「……っ!」
ヴァレリウス枢機卿が纏う緋の衣は、枢機卿にしか許されていない色だ。
宗教の頂点である教皇に次ぐ地位を示す、その尊い緋の衣に、敬虔な神の信者である者は誰もがひれ伏す。
緋の衣の権威を当然知っている侍従は、燃えるように鮮やかで神々しい緋色と、それを纏った枢機卿に相対して怯んだ。
「我々は悪しき魔女を狩りに来たのです。道を開けなさい」
「し、しかし、恐れながら、猊下、こ、これは規則でございまして、これが国王陛下より賜った我々の仕事なのでございます……」
「神のご意思は国王陛下のご命令より上位にあります。国王陛下とて神のご意思には逆らえません。あなたが神のご意思に沿うことは、あなたが仕事を怠ったことにはなりません。安心して道を開けなさい。それとも……」
ヴァレリウス枢機卿は悲し気な表情で言った。
「あなたも悪魔の手に落ちた異端者なのですか? 異端者ならば、神の名の下に、ここで捕らえねばなりません」
枢機卿の後ろに控えている武装した聖騎士団の騎士たちが、侍従をギロリと睨んだ。
「い、いいえ、私は異端者などではありません。神のご意思に従います!」
道を開けた侍従に、ヴァレリウス枢機卿は微笑むと祝福した。
「神のご加護があらんことを」
◆
「陛下! ヴァレリウス枢機卿猊下と聖騎士団が王宮にいらしております!」
ヴェルニエ公爵派閥ではない侍従が、大慌てで国王に報告した。
「王妃様のお部屋に向かわれました!」
「……は?」
王宮に来訪した招かれざる客が、いきなり王妃の私室に向かっているという、突拍子もない報告に、国王は理解が追い付かなかった。
まず、招かれざる客には、王宮の門は開かない。
王宮は大勢の兵士たちに守られているのだ。
それがすんなり入城して、しかも謁見の間ではなく、王妃の私室に向かっているとは、あまりにも常識から飛躍しすぎていた。
「何を言っているのだ?」
「ヴァレリウス猊下がいらしたのです!」
「それと王妃の部屋に何の関係がある?」
「ヴァレリウス猊下と聖騎士団はおそらく王妃様を捕らえにいらしたのでしょう!」
「何だと!」
ようやく事態に理解がおよんだ国王は血相を変えた。
「衛兵は何をしておる!」
「陛下、衛兵たちも神の僕でございます……! ヴァレリウス猊下と聖騎士団には逆らえませぬ……!」




