57話 魔女狩り
王宮の国王一家の私的な居住区。
ヴァレリウス枢機卿と聖騎士団は、侍女長ブノワ夫人とソレル将軍の協力を得て、王妃の部屋を目指して進んでいた。
静まり返っている廊下の遠くから、かすかに、まるで宴会でも開かれているかのようなにぎやかな楽の音と笑い声が漏れ聞こえていた。
それはヴァレリウス枢機卿と聖騎士団の進行方向から聞こえていた。
彼らが歩を進めるごとに、楽の音や笑い声ははっきりとしていく。
「こちらが王妃様のお部屋でございます」
賑やかな楽の音と笑い声の発生源と思われる扉の前で、侍女長ブノワ夫人は言った。
「随分と賑やかなようだが?」
ヴァレリウス枢機卿が尋ねると、侍女長ブノワ夫人は表情の無い顔で答えた。
「王妃様がお気に入りの芸人たちを呼んで宴会をしております。昨日から」
「……」
侍女長の答えに半ば呆れたような半目になりながら、ヴァレリウス枢機卿は聖騎士団に命じた。
「部屋の中にいる王妃を捕らえろ」
「はっ!」
聖騎士が王妃の部屋の扉に手をかけ、勢いよく開いた。
――バン!
大きく開かれた扉の向こうには……。
無駄に豪奢で、ひどく趣味の悪い部屋。
奇抜なデザインで目が痛くなるような極彩色の衣服を纏った、怪しい人間たちの群れ。
料理と酒が並べられているテーブル。
そして肉料理と酒の臭いとがあった。
ソファにどっかり座っている王妃と思われる女性。
彼女は派手な色彩と大げさな装飾のドレスを纏っているが、ドレスはあちこちシワシワで、ひどくだらしなく見えた。
片手には酒の杯を持ち、もう一方の手には串焼肉を持っている。
酒に酔っているのか赤ら顔だ。
その王妃と思しき女性を囲むようにしている、派手な服装をした吟遊詩人や曲芸師、道化師などの芸人たち。
芸人たちは皆、見目の良い若い男性ばかりだった。
食い散らかされた食卓。
充満する、肉と酒の臭い。
ヴァレリウス枢機卿たちは知らないが、それは王妃が現実逃避のために行っている二日目の串焼肉パーティーの光景だった。
ヴァレリウス枢機卿は思わず内心で叫んだ。
(何というサバト!)
それは伝説の忌まわしき悪魔と魔女の儀式そのもののような、だらしなく汚らわしい光景だった。
部屋の中にいる者たち、王妃と思わしき女性、芸人、控えている侍女たちは、突然現れた聖騎士団に驚いたのか、驚愕の表情で静止していた。
が、しかし……。
「……!」
王妃と思われる女性の視線がヴァレリウス枢機卿を捕らえた。
次の瞬間、彼女は獲物を見つけた肉食獣のように目をギラリと輝かせ、ヴァレリウス枢機卿を見つめながら喜びに満ち溢れた笑顔で感嘆の声を上げた。
「良い男じゃないの!」
王妃と思われる女性は、手にしていた杯と串焼肉をガシャンとテーブルに置くと、ソファからボヨンと跳ね上がるように立ち上がり、猪のようにヴァレリウス枢機卿に突進した。
「色男は大歓迎よ!」
王妃は赤ら顔に満面の笑顔を浮かべて、肉の油でギトギトしている手をヴァレリウス枢機卿に伸ばした。
「……っ!」
ヴァレリウス枢機卿は本能でその場を飛び退いた。
「無礼者!」
ヴァレリウス枢機卿に飛びかかろうとした彼女の前に、武装している聖騎士が立ちはだかった。
彼女は聖騎士を、舞台の仮装とでも思っているのか、まったく恐れている様子はない。
彼女は気安い口調で聖騎士に言った。
「あなたもまあまあ良い男ね。でも赤い服の子が一番美男だわ!」
赤い服は、枢機卿の緋の衣だ。
「私、彼が気に入っちゃった。私の宴に招待してあげる。王妃の宴よ、光栄に思いなさい!」
(やはりこの女が王妃か!)
ヴァレリウス枢機卿の背に悪寒が走った。
王妃は酔っているのか、クネクネとしなをつくりながら、鼻息を荒くしてヴァレリウス枢機卿に言った。
「近くで見ると本当に良い男ねぇ。私の好みだわ!」
とろりとした目をヴァレリウス枢機卿に向けて、王妃がニチャリと笑った。
「……っ!」
ヴァレリウス枢機卿は顔を引きつらせ、悪霊を振り払うかのように叫んだ。
「魔女め!」
そして聖騎士たちに命じた。
「魔女を捕らえろ! ここにいる汚らわしい魔女と悪魔を全員捕らえろ! 一匹たりとも逃すな! 神の名の下に!」
「はっ!」
ヴァレリウス枢機卿の号令で、聖騎士たちは王妃の部屋になだれ込んだ。
「何するのよ! 私は王妃よ! 逆らったら死刑にするわよ!」
聖騎士に取り押さえられた王妃は、赤ら顔をさらに真っ赤にして、こめかみに青筋を立てながら、獣のように暴れて喚き散らした。
「ま、待ってくれ! 私はただの吟遊詩人だ!」
「わ、私は何もしておりません!」
「助けてくれ!」
部屋にいた芸人たちも哀願し、叫びながら逃げ回った。
蜂の巣をつついたような騒ぎになったが、訓練されている聖騎士たちはそれらを片っ端から捕らえた。
爛れた串焼肉パーティーは、聖騎士たちによりあっという間に制圧された。
◆
「こ、これはどういうことだ!」
王妃の部屋に枢機卿と聖騎士団が向かったと、侍従から知らせを受けた国王がようやくこの場に駆け付けた。
「陛下、助けて!」
国王の姿を見た王妃が叫んだ。
聖騎士に捕縛されている王妃は髪を振り乱し、顔を真っ赤にしている。
「早く兵士を呼んで! こいつらを死刑にして!」
酒と肉料理の臭いがする部屋で、王妃は喚き散らした。
国王はその状況に頭が混乱して、動きを止めた。
王妃が部屋に芸人を呼んでドンチャン騒ぎの宴会をするのはいつものことだった。
むしろ王妃に政策会議や謁見に突撃されるよりは、部屋で宴会をしてもらっていたほうが大人しくて都合が良いとすら国王は思っていた。
だが王妃が、病気を理由に魔女裁判を欠席した翌日というタイミングで。
王妃の宴会の様子を、枢機卿と聖騎士団に見られたことは非常に不都合な状況だということは国王にも解った。
この事態にどう対処すべきか正しい答えが解らず、国王は茫然とした。
「国王陛下でいらっしゃいますか」
小ソレル将軍に耳打ちされたヴァレリウス枢機卿が国王の前に進み出た。
「お初に御目にかかります。私は教皇庁より遣わされた枢機卿ヴァレリウスと申します。どうぞお見知りおきを」
対等の身分であるかのように堂々と、ヴァレリウス枢機卿は慇懃無礼に自己紹介をした。
「枢機卿、い、一体、何の権利があってこんなことをするのだ!」
「神のご意思です」
ヴァレリウス枢機卿はおだやかな笑顔を浮かべて言った。
「この神の地において、異端者が許されざる存在であることはご存知でございましょう」
「まだ魔女裁判は行われておらん!」
「すでに魔女裁判は終わりました」
「……っ!」
「教会に近付けないのは魔女であるゆえの証左。そしてこの堕落した宴の様子。王妃殿下は魔女でございます」
ヴァレリウス枢機卿のその言葉に、国王は反射的に反論した。
「王妃は魔女ではない!」
「おや、魔女を庇うのですか」
ヴァレリウス枢機卿は口角を上げて一瞬だけ三日月のように微笑むと、表情を厳しくして聖騎士に命令した。
「国王は魔女の手先である! 捕らえよ!」




