55話 魔女裁判
――時間は少し巻き戻る。
王妃の魔女裁判が行われる日の朝。
「絶対に行きませんから!」
王妃は部屋に立て籠った。
「今回ばかりはお前に行ってもらわねばならんのだ」
国王は説得を試みたが、王妃は頑なだった。
「だって絶対に罠だもの! ルシアンは捕らえられてしまったのよ!」
「ルシアンは修道院へ行ったのだ」
「はめられて捕まったのでしょう! 行ったら最後よ! これは罠よ!」
「だが行かなければ魔女だとされてしまうのだ」
「絶対に行くものですか!」
大聖堂で行われる魔女裁判のために、出発しなければならない時間が刻一刻と迫っていた。
「病気で動けないって言えば良いでしょう!」
「そんな手が通用するか……」
「起き上がれない病人を無理やり連れて来いなんて、酷い仕打ちだもの。病気だって言えば教会は何もできないでしょう。教会は慈悲深いはずよ!」
(魔女裁判の開廷の時間を過ぎてしまう……)
時間が迫っている中で国王は考えた。
王妃は病気だと言えば、少なくとも今日は欠席できるのではないかと。
何度も使える手ではない。
見え透いた手だ。
いつまでも出頭しなければ、枢機卿が自らやってくる可能性もある。
だが少なくとも今日は見逃されるのではないかと、国王は甘いことを考えた。
「解った。今日のところは、王妃が急病で倒れたと大聖堂に伝えておこう。だが次は通用しないぞ」
「病気はそんなにすぐには治らないわ!」
「いつまでもそうしているわけにも行くまい」
「ルシアンはいつ帰ってくるの?!」
「少なくとも半年は無理だ」
「そんなに?!」
「そういう決まりなのだ」
◆
(ルシアンさえ帰ってくれば……!)
王宮の私的な居住区で籠城をしながら、王妃は考えた。
嫌な気分を紛らわせるために葡萄酒をガブ飲みしながら。
(ルシアンさえ帰ってくれば何とかなる。あの子は王太子。そして私は王太子の母親なんだから)
何故ルシアン王子が帰ってくれば全てが解決するのか、その理由は王妃には解らない。
今までの経験が王妃にそう思わせていた。
王太子だった国王と結婚したとき、王族は皆、王妃を見下していた。
しかしルシアン王子が生まれたら扱いが変わった。
口うるさい王太后も生意気な王妹も、ルシアン王子の母親である王妃を無下にできなくなった。
「王妃様、おつまみをお持ちしました」
王妃が葡萄酒のつまみに頼んだ串焼肉を、侍女が運んで来た。
「早くここへ!」
「は、はい」
侍女が差し出した皿に王妃は素早く手を伸ばし、こんがりと焼かれた油のしたたる串焼肉にかぶりついた。
炭火で焼かれた香ばしい肉の美味が王妃に幸福感をもたらした。
国一番の料理人である王宮料理長が焼いた串焼肉は、外側はカリッとしていて、噛めば口の中にじゅわっと肉汁が溢れる。
外側のほんの少し焦げている部分のほどよい苦味と、さっぱりした甘辛いソースと、ジューシーな肉の味とが口の中で絶妙のハーモニーを奏でる。
その美味を、王妃は芳醇な葡萄酒で流し込んだ。
「葡萄酒にはやっぱり串焼肉が合うわね!」
酒と肉でご機嫌になった王妃は、控えている侍女に命じた。
「芸人を呼んでちょうだい。それから芸人たちの分の串焼肉と葡萄酒を持って来て」
「は、はい。ただいま」
◆
王妃が部屋に芸人を呼び、串焼肉パーティーをしているころ。
大聖堂の聖所は静謐に満たされていた。
ふいに、香炉から細く立ち上る浄化の香の煙が揺らぐ。
――ギギィ……。
大扉が開き、王宮の侍従が国王の言伝を持ってやって来た。
「王妃殿下は体調を崩され伏せっておられます。とても大聖堂に足を運べる状態にありませぬゆえ本日はご容赦いただきたいとのことです」
侍従が国王からの言伝を伝えると。今回の魔女裁判の糺問官であるヴァレリウス枢機卿はそれをねぎらい、回答をした。
「報告、ご苦労。国王陛下には『相解った』と伝えなさい」
「はっ! ご厚情に感謝いたします」
国王の使いが聖所を去ると……。
ヴァレリウス枢機卿の高らかな声が聖所に響いた。
「此度の魔女裁判の判決を下す」
神の印を掲げた大祭壇を背にして、ステンドグラスの光が降る下、緋の衣を纏った若きヴァレリウス枢機卿は皆に向けて言い放った。
「教会を厭う王妃殿下は魔女である。神の名の下に、魔女は打ち滅ぼさねばならん」
魔女を目撃した証人として、この場には、ヴェルニエ公爵夫人や王族女性を始めとする黒百合の会の貴婦人たちの有志数名が呼ばれていた。
この判決に、黒百合の会の面々は目を輝かせ嬉々とした笑顔を浮かべた。
ヴァレリウス枢機卿は聖騎士団の団長に命じた。
「明日、魔女狩りを行う」
「はっ!」
そして貴婦人たちを振り向くとヴァレリウス枢機卿は言った。
「悪しき魔女を打ち滅ぼすため、敬虔な信者の皆様にもご協力いただきたい」
貴婦人たちは喜びをにじませ、神と枢機卿に協力を誓った。
「はい、猊下、仰せのままに」
「神の名の下に」




