49話 大聖堂へ
ルシアン殿下が悪魔憑きかどうかを審判する『魂の識別』が行われる日がやって来ました。
(ついにこの日を迎えてしまった)
セリーヌ様がルシアン殿下との駆け落ちを決心して、私に相談してくれることを期待していたのですが。
あれからセリーヌ様からの連絡はなく、学院でも私に話しかけてくることはありませんでした。
そしてそのままルシアン殿下の命運が決まるこの日を迎えてしまいました。
「フェリシア嬢、お迎えにあがりました」
「ユベール様!」
ユベール様が私を迎えに来てくださいました。
私とユベール様の二人は、ルシアン殿下の悪魔的行動を目撃した証人として教会に呼ばれているのです。
「ルシアン殿下が大人しく教会に従ってくれたら良いのですけれど……」
ユベール様と馬車に乗り込んだ私は、不安を口にしました。
「変なことを言い出しそうで心配だわ」
「たしかに彼は余計なことを言いそうです。しかし悪魔憑きとして保護される手はずになっているので大丈夫でしょう」
政治の世界では当然のことなのですが。
すでに水面下では、今回の糺問官ヴァレリウス枢機卿猊下とヴェルニエ公爵派閥とで、着地点についての話し合いが行われていました。
その話し合いにより、ルシアン殿下の王立貴族学院での悪魔的行動の目撃者として、私とユベール様が証人として教会に呼ばれることになりました。
ルシアン殿下に不利な証言をしそうな私とユベール様が呼ばれたのは、もちろんルシアン殿下を悪魔憑きとする着地点ありきです。
黒百合の会が活動を開始したあの日から。
すでに政治的な戦いは始まっていて、異端審問が始まる前にはほぼ決着がついていました。
異端審問の糺問官として、帝国出身のヴァレリウス枢機卿猊下を我が国に招致できたことが、こちら側の勝利の結果なのです。
一国の王妃と王太子という大物の悪魔祓いを成し遂げた悪魔払い師は、聖職者として輝かしい実績を得ることになります。
次の教皇選挙での勝利を狙うヴァレリウス枢機卿は、この仕事を快く引き受けてくださったそうです。
我が国出身の枢機卿にこの仕事を依頼せず、帝国出身の枢機卿に依頼したのは、政治的バランスを考えての判断です。
我が国出身の枢機卿に悪魔祓いの実績を持たせてやり、さらに同盟国の協力があったとしても、それで次の教皇の最有力候補である帝国出身のヴァレリウス猊下を相手にして教皇の座を争うのは分が悪い賭け。
仮に勝ったとしても帝国の不興を買います。
ならば争わないほうが良いのですが、せっかくの悪魔祓いです。
それならヴァレリウス猊下への手土産として有効活用して、未来の教皇に恩を売っておこうという算段です。
「今日がルシアン殿下の失脚の日です」
ユベール様は爽やかな笑顔で言いました。
「これでようやくフェリシア嬢に王太子妃の座をプレゼントできます」
「楽しみですわ」
「フェリシア嬢の笑顔のためなら安いものです」
ユベール様はそう言った後に、少し表情を曇らせてぼそっと呟きました。
「母上も笑顔ですが……」
「あら、親孝行は立派な行いでしてよ」
「母上の笑顔は、真っ黒な腹の内が透けて見えるような笑顔なのです」
「よろしいではありませんか。こうして無事に異端審問の日を迎えられたのはヴェルニエ公爵夫人たちのご尽力あればこそですもの」
「まあ、そうなのですが……」
私とユベール様が楽しくおしゃべりをしている間に、私たちを乗せた馬車は異端審問が行われる大聖堂へと到着しました。
◆
――大聖堂の聖所。
浄化の香のすっとした香りが鼻をくすぐります。
私はユベール様にエスコートされて、聖騎士たちが居並ぶ聖所の中を進みました。
高窓のステンドグラスからの光が降り注ぐ下、神の印を掲げた大きな祭壇があります。
その祭壇の前には数人の聖職者たち。
聖職者たちは黒の衣を纏っていますが、その中に一人だけ、鮮やかな緋色の衣を纏った若い聖職者がいます。
緋色は、枢機卿だけに許された僧服の色です。
(あのお方がヴァレリウス枢機卿猊下? お若いとは聞いていたけれど、あんなにお若いなんて。でもあの衣の色は、枢機卿で間違いない。あんな若者を枢機卿にねじこめるなんて、さすがは帝国ということなのかしら?)
私はヴァレリウス枢機卿の若さに驚きました。
枢機卿は次の教皇の候補者ですが。
大抵の枢機卿はすでにお年を召しているので、教皇となっても、……何と申しますか、現世での時間には限りがございますので……、教皇として君臨できる時間はそれほど多くはありません。
ですが若者であれば、老人よりもたっぷりと現世時間があります。
それこそ何十年も。
若いヴァレリウス枢機卿が教皇となれば、その先何十年も教皇として君臨することになるでしょう。
(もしヴァレリウス枢機卿の不興を買ったら、この先、何十年も教皇庁に睨まれることになるわね。怖いこと……)
「敬虔なる信者よ、ようこそまいられた。神の思し召しに感謝を」
緋の衣を纏った枢機卿ヴァレリウス猊下が、私とユベール様をねぎらい、そして祝福してくださいました。
「悪魔憑きが語ることについて、何か間違いや、知ることなどあれば、神の御前で証言していただきたいのです」
ヴァレリウス猊下の説明に、私とユベール様は頷きました。
「はい、心得ました」
「承知いたしました」
私とユベール様は聖職者に促され、用意されていた椅子に腰かけました。
「それでは、ルシアン王子殿下の魂の識別を始めましょう」
ヴァレリウス猊下はそう宣言すると、聖騎士に命じました。
「ルシアン王子殿下を連れて来なさい」
「はい」
――ギギイィ……。
聖所の扉が開け放たれました。
そこには、数人の聖騎士に付き添われたルシアン殿下がいました。
今日のルシアン殿下の出で立ちは、派手好きなルシアン殿下のいつもの煌びやかな服装ではありません。
装飾がほとんどない黒服。
それは敬虔な信者の模範的服装です。
慎ましい黒服は、ルシアン殿下の美貌をいっそう際立たせていました。
いつもの悪趣味な派手な服でない分、格好良く見えます。
ルシアン殿下はこの魂の識別に真面目に取り組もうとしているのか、きりっとしたお顔をなさっているので、黒服の出で立ちと相まって賢そうに見えました。
(ルシアン殿下! お頑張りあそばせ!)
私は内心でルシアン殿下にエールを送りました。
(余計なことを言わなければ傷は浅くてすむのですわ。素直に、正直に、質問に答えるだけで良いのです。お頑張り遊ばせ!)




