50話 魂の識別
慎み深い黒衣の出で立ちのルシアン殿下が祭壇の前に進み出ると、鮮やかな緋の衣を纏ったヴァレリウス枢機卿猊下は重々しい口調で言いました。
「これより魂の識別を始める。ルシアン王子殿下、質問にお答えください」
「はい」
ルシアン殿下は真面目な表情で返事をしました。
「ここにルシアン殿下の発案による政策の資料がある。ルシアン殿下が正常な状態であればすべて答えられるものだ」
政策についての質問にルシアン殿下が回答できるか否か。
ルシアン殿下の学院での、残念な試験結果から容易に想像できます。
一夜漬けで必死にお勉強したとしても無理でしょう。
「まず市場の免税政策について質問する。免税の目的は何だったのかね?」
「え……」
ルシアン殿下は早々に言葉を詰まらせました。
「目的……。市場の……」
ルシアン殿下は難しい顔をして「うーむ」と唸ると、やがて自信なさそうに答えました。
「……みんなが喜ぶように?」
ルシアン殿下のその答えを聞いて、ヴァレリウス猊下は一瞬だけ呆けたような表情をしましたが、すぐに質問を言い直しました。
「市場の免税によって、国家はどんな利益を得たのかね?」
「みんなが喜びました」
「……」
ヴァレリウス猊下の顔から表情が抜け落ちました。
ちなみに市場の免税の意図は、商業活動の活性化です。
商人に自由を与えて、商売を行いやすくすることは、商業を活性化させるためにしばしば行われる政策です。
さらに言えば、物流や商業の活性化は、軍事力の強化にも繋がります。
「……では、次の質問だ。織物産業の優遇政策の目的は何だったのかね?」
ヴァレリウス猊下の質問に、ルシアン殿下はきりっとした表情で答えました。
「みんなが喜ぶようにです」
「……解った。もう良い……」
ヴァレリウス猊下は頭が痛そうな顔をして、手にしていた資料の紙束をお付きの聖職者に戻しました。
そして私とユベール様に質問をしました。
「ルシアン殿下を知る君たちに尋ねる。政策を打ち出したルシアン殿下は、本来のルシアン殿下とは別人かね?」
(雑な質問だわ……)
ルシアン殿下と対話をしたヴァレリウス猊下が、投げやりになってしまう気持ちは解らないでもないです。
「はい、猊下。本来のルシアン殿下とは別人です」
「私が知るルシアン殿下はそのような政策を立案できる人物ではありません」
私とユベール様は異口同音に答えました。
「なるほど。やはり悪魔が憑いていたようだな」
ヴァレリウス猊下が、とても雑に結論を出しました。
ルシアン殿下は不満の声を上げました。
「は?! 何を馬鹿な!」
そしてルシアン殿下は私とユベール様に向けて、学院でいつも私たちに対して言っているように、乱暴な物言いで言いました。
「貴様らもだ、大概にしろ!」
ルシアン殿下の振る舞いに、ヴァレリウス猊下は眉を顰めました。
「酷い言葉だ。やはり悪魔が憑いているようだな」
「は?!」
ルシアン殿下は不意打ちされたような驚愕の顔で、ヴァレリウス猊下を振り向きました。
そして私を指差しして言いました。
「私は悪魔憑きではない! フェリシアこそ悪魔憑きだ。フェリシアは急に学院の成績が上がったんだぞ。おかしいだろう!」
ルシアン殿下の訴えに、ヴァレリウス猊下は冷たく応えました。
「では、あらためて問おう。ルシアン殿下が打ち出した過去の政策は、ルシアン殿下ご自身が考えたものではない。違いますか?」
「それは……」
ルシアン殿下は目を逸らすと、言葉を濁しました。
「神の御前だ。正直に答えなさい」
ヴァレリウス猊下のその言葉に、ルシアン殿下は難問に対峙するかのように眉根を寄せました。
黙ってしまったルシアン殿下にヴァレリウス猊下が再度問い掛けました。
「過去の政策は、悪魔に教えてもらったのではないかね?」
「悪魔ではない……!」
ルシアン殿下は観念したのか、顔を上げると答えました。
「あれは……母上に教わったのだ」
「ほう? 王妃殿下に?」
「そうだ。面子があるから言うなと母上には言われていたが……」
「なるほど、やはり悪魔の知恵を借りたのだな」
「は?」
ルシアン殿下は何が起こっているのか解らないといった表情をしましたが、しかし、急にはっと気付いたような顔をしました。
「解ったぞ!」
ルシアン殿下は得意気な表情を浮かべました。
(悪い予感がする……)
最近のルシアン殿下の気付きといえば。
私の成績が上がったのは悪魔と契約したからだという、あれですね。
ろくでもないことを言い出す予感がしました。
「フェリシア、貴様、ヴァレリウス猊下に金貨を渡したな!」
「……っ!」
「急に成績が上がったフェリシアこそ悪魔と契約したと疑うべきなのに、フェリシアを疑わず、私を疑うのは不自然すぎる。フェリシア、金貨を渡して、ヴァレリウス猊下に言うことを聞いてもらっているのだろう!」
「……」
あまりにも、あまりな指摘に、私は絶句しました。
ルシアン殿下のその一声で、聖所の空気が変わりました。
ユベール様も驚愕の表情で絶句しています。
ヴァレリウス猊下も、他の聖職者たちも、聖騎士も、皆が皆、異物を発見したかのような驚きの目をルシアン殿下に向けました。
(どうして本当のことを言ってしまうのよ!)
ええ、間違ってはいませんよ。
でも公の場では決して言ってはいけないことです。
枢機卿が賄賂を貰って動いているなんて……。
本当のことですが口に出してはいけないことです。
(一体誰がルシアン殿下に教えたの?! ルシアン殿下はピュアでまっさらなお方だから、一から十までご説明しなければいけないのに。誰かが手抜きな教え方をしたわね?! 要点だけ教えても駄目なのよ。ルシアン殿下の大草原には、誰もが持っているような常識の枠組みなど無いのだから!)
「だが、こんなこともあろうかと……」
ルシアン殿下は何か秘策があるかのような自信満々の表情で、自分の黒衣の上着の内ポケットを探りました。
そして金貨を一枚取り出しました。
「私もちゃんと金貨を用意して来たのだ! ヴァレリウス猊下、これを受け取るが良い! 金貨だ!」
それが伝家の宝刀であるかのように、ルシアン殿下は一枚の金貨を掲げてヴァレリウス猊下に詰め寄りました。
「金貨を渡せば言うことを聞いてくれるのだろう? 私も金貨を渡そう!」
「……」
ヴァレリウス猊下は絶句したまま、気の抜けた表情でルシアン殿下を見つめました。
(ヴァレリウス猊下のあの目は……馬鹿を見る目……!)




