48話 国王一家の窮地
「教会から、王妃殿下と王太子殿下を異端審問にかける旨の知らせが届いております。王妃殿下と王太子殿下は、速やかに出頭せよと」
宰相がそう告げると、国王は怒気を露わにして答えた。
「そんな横暴な要求に応じられるか!」
「陛下、ご存知のとおり、ヴァレリウス枢機卿猊下と聖騎士団が王都にいらっしゃっております。今回の異端審問の糺問官はヴァレリウス猊下です」
異端審問においては、糺問官が取り調べを行い、そして判決も下す。
「国王陛下とて拒否はできませぬぞ」
「適当に言い訳をして追い払え!」
「教皇に逆らうおつもりですか。それにヴァレリウス猊下の後ろには帝国がいます。帝国と事をかまえる戦力がなければ逆らうことは不可能です」
宰相は疲れたような笑いを浮かべた。
「下手を打てば教皇の名の下に連合軍が結成され、我が国に攻め込むでしょう。神に背く異端の国王を打ち滅ぼし、敬虔な信者たちを救うために」
「ぐ……」
苦渋に顔を歪めた国王に、宰相は冷たく言った。
「最初に教会から要請があったときに応じるべきでした。しかし今や、王妃殿下と王太子殿下が悪魔憑きであることは、教皇庁を通じて周辺諸国にまで知れ渡っております。今更、手遅れなのですよ」
◆
「どうして私が行かなきゃいけないのよ!」
国王に教会からの呼び出しを告げられ、王妃は荒れ狂った。
「異端審問なんてイヤです! 無礼だわ!」
「仕方ないだろう。教会からの呼び出しだ」
「私は王妃なのよ! なんで教会ごときが王妃に命令するのよ!」
「相手は教皇だ」
「教皇だから何だっていうのよ!」
「国王より教皇のほうが序列は上だ。そのくらい解っているだろう」
「へ?!」
序列を理解していなかった王妃は変な声を出すと、間抜け顔で一瞬固まった。
そして次の瞬間、半狂乱になった。
「イヤです! 私は行きませんから! 病気になったと言ってちょうだい! 病気なら休めるでしょう!」
「それは出来ん」
「どうしてよ! 病人を無理やり連れ出すなんて酷いわ!」
「教会の呼び出しに応じなければ、それこそ魔女である証拠だと言われる。教会を嫌うのは悪魔憑きや魔女の特徴だからな」
「そんなの知らないわよ!」
「とにかく……」
国王は頭が痛そうにしながら、王妃に言った。
「必ず行くんだ。行かなければ魔女だとされる。いいな、絶対だ」
「イヤです! 絶対にイヤ!」
幼い子供のように地団駄を踏む王妃に、国王はげんなりした。
かつての国王には、王妃のこの幼い子供のような無邪気な言動がとても可愛らしく見えていた。
だが良い年齢になった今では不快でしかない。
かつて捨てた婚約者ヴェルニエ公爵夫人が今は権勢を誇っている様子に、あちらを選んでいれば良かったという後悔の気持ちが国王の心にモヤのように生じることがある。
しかしそれは自分の間違いを認めることになるため、国王はその後悔からいつも目を逸らしていた。
「お前は王妃だ。教会も王妃に無礼なことはしないだろう。尋問に答えて、教会で潔白を示せば良いことだ」
「罠に決まっているじゃないの! どうせあの性悪女の策略でしょう! ヴェルニエ公爵夫人を不敬罪で捕らえて!」
「理由もなく公爵夫人を捕らえることは出来ん」
「国王のほうがエライんだから出来るでしょ!」
かつて国王がまだ若者であったころは、今の王妃と同じく「国王のほうがエライ」と単純に考えていた。
だが今の国王は、ヴェルニエ公爵が軍部の支持を得ていることを身に染みてよく知っている。
多数の貴族たちがヴェルニエ公爵を支持していることも。
息子のルシアン王子が婚約破棄をしたせいで、中立だったモンフォール公爵までヴェルニエ公爵の派閥に入ったことも理解していた。
それは政策会議の空気で解ることだった。
国王が下手なことを言えば、ヴェルニエ公爵を支持する宰相や大臣や将軍たちが一丸となって国王に反対する。
国王がまだ若かった頃、いちいち反論する宰相が鬱陶しくて、王命で宰相を解任し、王妃の薦めに従って王妃の実家の者を新宰相に抜擢したことがある。
だが政策会議の重鎮の面々が、新宰相の失態の証拠を素早く集めてやり玉にあげ、連日猛烈に責任を追及したため、新宰相はあっという間に失脚した。
国王は早々に、後ろ盾が無いとどうなるかを学ぶことになった。
ここ二年くらい、ルシアン王子が政策会議で名案を出している間は小気味良かった。
ルシアン王子の意見に重鎮たちが反論できず、頷くしかない様子を見るのは楽しかった。
しかしルシアン王子は最近急に能力が落ち、政策会議で失笑されるようになったため、傷が浅いうちに引っ込めた。
「国王でも無理なことはあるのだ。ヴェルニエ公爵夫人に冤罪をかけたら貴族の反乱が起こる」
「何でよ! 国王が一番エライんだから命令すれば良いじゃない! 何とかしてよ! 国王でしょ!」
王妃は喚き散らしたが、国王は淡々と言った。
「異端審問を受けることは決定事項だ。準備をしておけ」
「嫌よ! 私は行きませんからね!」
喚く王妃から目を逸らし、国王は控えている王妃の侍女たちに視線を向けた。
「王妃にきちんと準備させておくように」
国王は侍女たちにそう命じると、踵を返して、ヒステリーを起こしている王妃を残して部屋を退室した。
そして廊下を歩きながら、付き従っている侍従に小声で言った。
「まさかとは思うが……。逃げ出したりしないように王妃を見張らせておけ」
「かしこまりました」
◆
「えっ?!」
国王に呼び出されたルシアン王子は、用件を聞いて驚愕の声を上げた。
「異端審問?!」
それは教会がルシアン王子の出頭を命じているという話だった。
「そうだ。お前は悪魔憑きの疑いをかけられている。霊の識別を行うのだ」
「霊の識別? 何ですか、それは?」
「糺問官が質問をして、その受け答えの様子で、悪魔が憑いているかどうかを識別するのだ。おかしな答えをしなければ疑いは晴れる」
「どうして教会が、証拠もないのにそんなことをするのですか?!」
「悪魔憑きの疑いをかけられているからだ」
「私が教会に行ったときには取り合ってくれなかったのに!」
「教会へ行ったのか?」
「はい。フェリシアが急に試験ができるようになっておかしかったので、悪魔と契約したと思ったのです」
「ん?」
国王は首を傾げた。
「フェリシア嬢なら試験は出来るだろう。首席だった」
フェリシアは学院で、一学年の最初の試験で首席を取り話題になった。
それ以後はフェリシアの成績については話題になっていなかったため、国王の頭の中はフェリシアが首席だったころから更新されていなかった。
「優秀な令嬢だと評判だった」
「は?」
ルシアン王子は混乱した。
学院に通っていたルシアン王子は、フェリシアの成績がすぐに転落して、最近までずっと自分より下だったことを知っていた。
ルシアン王子の世界ではフェリシアは劣等生だった。
「父上、何をおっしゃっているのです?」
「フェリシア嬢の話だろう?」
「劣等生だったフェリシアを持ち上げるなんて。父上も悪魔に取り憑かれているのですか?」
「馬鹿を申すな」
国王は呆れ顔でルシアン王子に言った。
「ルシアン、異端審問ではふざけたことを言うでないぞ。真面目に答えるのだ。教皇庁からヴァレリウス枢機卿が来ているのだからな」
「それは誰ですか?」
「帝国出身の枢機卿だ。次の教皇と目されている重要人物だ」
「はあ……」
「いいか、ルシアン、ヴァレリウス枢機卿の前で馬鹿なことを言うんじゃないぞ。絶対だぞ」
国王がそう念を押すと、ルシアン王子はきりっとした顔で肯定の返事をした。
「はい、父上」




