47話 風雲急を告ぐ
「国王陛下、王妃殿下と王太子殿下は悪魔憑きの疑いがあります」
王国の宗教の頂点である大司教が、国王に謁見した。
大司教は国王に淡々と述べた。
「王妃殿下は黒魔術を行い悪魔を呼び出した魔女であるとの疑いがございます。つきましては異端審問にご協力いただきたく存じます」
「馬鹿を申すな!」
国王は声を荒らげて大司教に言った。
「そんなわけがあるか!」
「それを調査するのが私の役目でございます。王妃殿下には魔女裁判に、王太子殿下には霊の識別にご協力いただきたく存じます」
「ふざけるな! 王妃も王太子も異端ではない!」
神の教えは、社会秩序だった。
そのため神に逆らう異端者は、国家反逆罪に相当する重罪だ。
また国王の権威を保証しているのは神だ。
よって神に逆らう異端者には権威は認められない。
異端者であれば王妃も王太子も地位も剥奪され、罪人とみなされる。
「王妃殿下と王太子殿下が神に逆らう異端者であれば由々しき問題でございます。陛下、異端審問にご協力ください」
「平民どもの噂などあてになるか!」
王妃と王太子が世間で悪魔憑きだと噂されていることを国王は知っていた。
ゆえにそう反論したが、大司教は涼しい顔で答えた。
「平民とて敬虔な信者たちでございます。信者たちの声を聞き、信者たちを救うことが教会の役目でございます」
「根も葉もない噂話を真に受けるというのか!」
「噂の真偽を問うために調査が必要なのでございます」
「そんな馬鹿な話に付き合えるか!」
国王は声を荒らげて言った。
「下がれ!」
「ご協力いただけないということでしょうか」
「当たり前だ! 下がれ!」
国王のその剣幕に、謁見の間に控えている宰相を始めとする重鎮たちが、それぞれ不味そうな顔をする。
文官たちは表情を崩さなかったが、視線を不安気に揺らした。
◆
「教皇庁が動いた!」
「では、ついに?!」
「聖都から枢機卿と聖騎士団が来るらしい」
王妃と王太子が悪魔憑きであるという疑惑について。
国王の協力を得られなかった大司教は、遠く聖都にある教皇庁に事件を報告した。
「教会に逆らうとは愚かな……」
教皇は神の代理人であり、信者たちの頂点に立つ。
もちろん周辺諸国の国王たちも信者だ。
帝国の皇帝も例外ではない。
君主の地位は、神により保証されるものであるため、信者でなければ君主である正統性を証明できない。
ゆえに君主たちはことごとく神に忠誠を誓った敬虔な信者たちだ。
神に逆う者は、この世界の秩序を乱す異端者である。
悪しき異端者が現れたとあらば一大事。
異端者は断罪せねばならない。
敬虔な信者である各国の君主たちは、異端者を打ち滅ぼすために立ち上がらねばならない!
神とこの世界のために!
という大義名分を得て、各国は堂々と異端者の国を侵略できるのだ。
利益を得られる好機を逃すような間抜けでは君主は務まらない。
「王妃も王太子も愚物だが、そもそもあの国王が駄目だったな」
「王妃と王太子をさっさと断罪せねば、国が滅ぶぞ」
夜会で、サロンで、茶会で……。
貴族たちは囁き合った。
「戦争になるのか?」
「いや、ならんだろう。国王陛下が命じても、将軍たちは教皇庁を相手に戦ったりしないだろう」
「信心深い者であれば、教会に剣を向けることに躊躇するな」
「教会に逆らえば国王陛下とて異端者だ。軍部はむしろ国王陛下に剣を向けるのでは?」
「ヴェルニエ公爵とソレル侯爵が、教会に悪魔祓いを要請した張本人だという噂だ」
「つまり、軍部は最初から教会側か」
「国王陛下がソレル侯爵家の娘と婚約破棄して、あの王妃と結婚したせいで……」
「王妹殿下も教会側だという噂でしてよ」
「それには納得してしまうわね」
「王妹殿下は、王妃様にさんざんドレスを真似されていましたものね」
貴族たちは活発に情報を集めた。
国王が下手を打っている状況で、王朝が代わる一大事を皆が予感していた。
「ソレル家は軍部に力を持っているからな」
「むしろヴェルニエ公爵とソレル侯爵が、今まであの国王に反抗しなかったことのほうが不思議だ。軍部の支持は得ていたのに……」
「最初からヴェルニエ公爵を王太子にしておけば良かったのだ」
「学生時代から能力の差は歴然としていましたな。先王は息子可愛さに目が眩み、王国の未来より、息子の優遇を選んでしまわれた」
「国が滅べば、息子も一緒に滅ぶというのに」
「あの国王はいつかやらかすと思っていた」
「即位前に婚約破棄をやらかした男だからな」
「親子二代で婚約破棄している。笑えんよ」
「王妃殿下と王太子殿下を異端審問にかけるために、枢機卿と聖騎士団が来ると聞いたが……。当然、他国出身の枢機卿が来るのだろうな」
枢機卿とは、教皇に次ぐ高位の聖職者で、次の教皇の候補たちだ。
枢機卿たちの出身国は様々だが、大抵が貴族の息子で、中には王族もいた。
彼らは表向きは出家をしているが、もれなく出身国が後ろ盾についている。
逆に言えば、後ろ盾なくしては教皇庁で枢機卿にまで出世することはできない。
また聖騎士団とは、教会や信者を守るために武装した聖職者たちだ。
教皇直属の騎士団で、教皇の剣となり戦う。
聖騎士団は全員が聖職者なので、悪魔祓いも行うことができる。
「ヴァレリウス猊下が来るらしい」
「帝国か!」
「帝国出身の枢機卿が相手では、国王陛下も逆らえぬというわけか」
「逆らったら、侵略の口実を与えることになるからな」
「ヴァレリウス猊下の前で、国王陛下が馬鹿なことを言わなければ良いが」
「ルシアン殿下は馬鹿なことを言いそうだな……」
「ルシアン殿下は危険だな……」
「いや、ルシアン殿下は悪魔憑きだ。失言は、取り憑いた悪魔の仕業だったということで、むしろ大目に見られるだろう。地位は剥奪されるだろうが……」
◆
王妃と王太子の悪魔祓いのために、教皇庁から枢機卿と聖騎士団が派遣されるという話は、貴族社会から瞬く間に漏れ出し、市井にも広まった。
世間の話題は沸騰した。
「ついに教皇様が悪魔祓いをしてくださるそうだ」
「教皇様が来るの?!」
「教皇様は来ないよ。いらっしゃるのは枢機卿様さ」
「聖騎士団も来るってよ」
連日、話題が盛り上がる中。
ついに教皇庁から派遣された枢機卿と聖騎士団が王都に到着した。
「本当に来たぞ!」
「聖騎士団が王都に来た!」
聖騎士団は平時は聖都とその周辺にいて、聖都や巡礼者たちを守っている。
戦争でもない限り他国に遠征はしないため、この国ではまず見ることができない騎士団だった。
「あれが聖騎士団!」
「なんて神々しい!」
「おお、神よ!」
「枢機卿様はお馬車の中か?!」
神の印を掲げた煌びやかな聖騎士団の隊列に、王都民は沸いた。
聖騎士団を見物しようと王都民たちが集まったため、自然とパレードのような様相となった。
王都民たちの歓声の中を、聖騎士団の隊列は大聖堂を目指して進んだ。
市井の子供たちは聖騎士団の隊列を見物して、目をキラキラと輝かせた。
「聖騎士団だ!」
「かっこいい!」
「悪魔王子をやっつけろ!」




