46話 天使よ目覚めて
「フェリシア、馬鹿は大概にしろ」
私はルシアン殿下に馬鹿と言われてしまいました。
「……」
ルシアン殿下の大草原から眺めると馬鹿に見えるということは、これは、賞賛として受け取るべきでしょうか。
「貴様が頻繁に劇場に行き、恋愛劇ばかり見ていたことは聞いている。くだらない恋愛劇を見過ぎて、くだらないことを考えるようになったのだろう」
ルシアン殿下がおっしゃるとおり、私はつい最近までユベール様と一緒にあちこちの劇場で恋愛劇をいくつも鑑賞しました。
恋愛劇では、周囲に結婚を反対された二人が駆け落ちする展開は定番でした。
「フェリシア、恋愛劇と現実の区別くらいつけろ」
ルシアン殿下が私にお説教をしました。
「恋愛劇は、あれは、作り話だ。現実ではない夢の世界の物語なのだ」
「ですが、これから周囲がお二人のご結婚に反対することになりますので、恋愛劇の悲恋物語のような展開になってしまいます」
「ちゃんと現実を見ろ。セリーヌは私の正式な婚約者だ。私とセリーヌの結婚は国王陛下も承認してくださっている。反対している者などいない」
「現在ではなく、今後の未来の予想なのですが……」
「予言者にでもなったつもりか。夢を見るのは大概にしろ」
「ですが未来は……」
「私は占いは信じない主義だ」
「そうなのですね……。意外です……」
馬の耳に聖句を唱えている気分になって来ました。
なんでしょう、この……。
空気を叩いているような虚無感は。
でも、ルシアン殿下には解らなくても……。
天使のセリーヌ様は解ってくださるはず!
どうか気付いて!
「セリーヌ様、先ほども申し上げましたが、私は真実の愛を応援しています。真実の愛のための駆け落ちでしたら、私はいつでもご助力いたします。そのことをお伝えしたかったのですわ」
セリーヌ様のお父君ラルベル公爵が、セリーヌ様とルシアン殿下の仲を引き裂こうとするのであれば。
私がお二人に助力する所存です。
真実の愛のために。
「フェリシア、貴様はそんなくだらないことを言うためにセリーヌを呼んだのか?」
ルシアン殿下は半ば呆れたような顔で私に言いました。
私は大真面目に答えました。
「くだらなくありません。大切なことです」
「まあたしかに人前では言えない話だったな。馬鹿々々しくて」
「真面目なお話ですのよ?」
「貴様のために恋愛劇をしてやるつもりはない」
ルシアン殿下は私にそう冷たく言い放ちました。
そしてグラスの中のレモネードを一気に飲み干すと、セリーヌ様に言いました。
「セリーヌ、帰るぞ」
「……は、はい」
「セリーヌ様!」
私は去り行くセリーヌ様を呼び止めました。
不安そうなお顔で振り向いたセリーヌ様に、私は念を押しました。
「私が真実の愛を応援していること、覚えておいてくださいませ」
◆
ルシアン殿下とセリーヌ様がお帰りになった後。
私とユベール様は追加の注文をして、おしゃべりをしました。
「フェリシア嬢は、あの二人を駆け落ちさせたかったのですか?」
「それがあの二人のために最善だと思いましたの」
「放っておけば良いと思います」
「でもセリーヌ様にはご恩があるので、恩人の不幸は見過ごせません。ルシアン殿下にも同情を禁じ得ませんので、どうにか救って差し上げたいのです」
私は二杯目のミルク入り深煎り珈琲を飲み、猫の舌ビスケットをつまみながら説明しました。
「親の望みのために犠牲になった点は、ルシアン殿下も私と同じですわ。王妃様の虚栄心がなければ、ルシアン殿下は個性に合ったご活動ができたはずです。でも王妃様が優秀な王子を望んだために、ルシアン殿下は政策会議で優秀な王子を演じなければならなかったのです」
「それは、まあ……そうですね。王妃様が余計な指図をしなければ、ルシアン殿下には違う生き方があったと思います」
「子供は親を選べませんもの。ルシアン殿下も犠牲者です。ルシアン殿下が逃げたいとお望みなら私も助力して差し上げたいのです。だってルシアン殿下にはお味方がほとんどいらっしゃらないのですもの。国王陛下と王妃様は、ルシアン殿下が逃げることをお許しにならないでしょう」
「私もそう思います。ルシアン殿下は王妃様の切り札ですから。王妃様は最後までルシアン殿下を手放さないでしょう」
「ラルベル公爵は旗色が悪くなれば、ルシアン殿下の梯子を外すでしょう。そうなったらルシアン殿下を助ける者は誰もいなくなります。セリーヌ様は、お父君ラルベル公爵が反対するでしょうから、セリーヌ様がお一人でルシアン殿下をお助けすることは難しいと思います。私はセリーヌ様にご恩返しをするためにも、ルシアン殿下をお助けして差し上げたいのですわ」
これから宗教裁判が行われることを、私は知っています。
ヴェルニエ公爵夫人や王族女性たちが中心となり、黒百合の会の面々が教会に働きかけているため、ルシアン殿下と王妃様を裁く宗教裁判は確実に行われます。
世論も盛り上がっているため、教会はこの悪魔騒動を無視できないでしょう。
「セリーヌ様が早くお気付きになられて、ご決断してくだされば良いのに。ルシアン殿下もセリーヌ様のお言葉ならば耳を傾けるでしょう」
「ルシアン殿下が王太子の地位を返上するなら、早い方が良いですね。今ならまだ名誉を失わずにただの王族になれる」
ユベール様が、私が考えていることと同じことを言いました。
「宗教裁判が始まる前であれば……」
しかし私の願い虚しく、そのまま宗教裁判の日を迎えることとなりました。




