44話 届かない言葉
「ルシアン殿下、位を捨てれば、苦しい嘘を吐いて体裁を取り繕う必要もなくなるのですよ」
私はルシアン殿下に最善の解決策を提示しました。
「ルシアン殿下が王太子の位を下りることをご決断くださるなら、お二人が穏やかに暮らせるよう、私がお手伝いいたしますわ」
「……」
ルシアン殿下はまるで試験の難問に挑むかのように、目を伏せて考え込みました。
やがて顔を上げ、不敵な微笑みを浮かべて私に言いました。
「フェリシア、その手には乗らないぞ」
「……」
「私を上手く丸め込んでユベールを王太子にしたいのだろう。騙されんぞ」
「このまま批判が大きくなれば、ルシアン殿下はどのみち王太子ではいられなくなるのですよ」
「そんな馬鹿なことがあるか。私は生まれながらの王太子だ」
「あの、先ほどもご説明いたしましたが、歴史では……」
「小難しい話をして、私を煙に巻こうというのか。そうはいかないぞ」
「……」
ああ、これは……。
話が通じていませんね。
どう言えば、ルシアン殿下に理解していただけるのやら。
途方に暮れた私は、天使のセリーヌ様を頼ることにしました。
「セリーヌ様はお解りになりますよね」
「……」
セリーヌ様は暗い表情で黙りこくっておられます。
ルシアン殿下の深刻な事態を理解していただけている感触の表情です。
「ルシアン殿下が悪魔憑きだという噂が高まっています。いずれ教会が動くでしょう」
私がセリーヌ様にそう言うと、ルシアン殿下が横から口出しをしました。
「教会が動くものか」
ルシアン殿下は得意気に知識を披露しました。
「フェリシアは知らないだろうが、悪魔の証拠を持って行かなければ教会は何も出来ないのだ」
ルシアン殿下が手ぶらで大聖堂へ行き、私を悪魔憑きだと訴えたところ、体よく追い返されたことはユベール様の調査で解っています。
ルシアン殿下はそのときの、教会で取り合ってもらえなかった経験をもとに言っているのでしょう。
(教会に手土産を持っていけば融通を利かせてもらえるのに。ルシアン殿下の世界はピュアなのよね。清らかすぎて国王にはとことん向いていないわ……)
私は内心で溜息を吐くと、セリーヌ様に視線を向けました。
「もしルシアン殿下が王太子でなくなっても、ラルベル公爵はセリーヌ様とルシアン殿下のご婚約を継続させるでしょうか?」
「……っ!」
セリーヌ様がはっとしたお顔をなさいました。
セリーヌ様のお父君ラルベル公爵が、セリーヌ様とルシアン殿下とを婚約させたのは、セリーヌ様を王太子妃にするためです。
ルシアン殿下が王太子の位を持っていなかったら、ラルベル公爵はセリーヌ様をルシアン殿下とは婚約させなかったでしょう。
もしルシアン殿下が廃太子されたら、ラルベル公爵はセリーヌ様とルシアン殿下との婚約を解消するはず。
失脚して政治の舞台から追い出されたルシアン殿下にセリーヌ様を嫁がせてもラルベル公爵家に利益はありませんもの。
当たり前のことなのですが、ラルベル公爵は娘の恋愛を応援していたわけではなく、政治的に利益があると見てルシアン殿下と娘を婚約させたのです。
「セリーヌ様、先はすでに見えております」
私はセリーヌ様に言いました。
「傷が浅いうちに王太子の座を下りて損切したほうが、ずるずる居座って排除されるより賢い選択ではありませんか。自ら下りればその判断を称賛する者もいるでしょう。ですが位に居座った末に、廃太子、という事態になった場合は、国王の力が及ばぬほど周囲の批判が高まったということ。そうなれば幽閉も視野に入ります。その状況でラルベル公爵がセリーヌ様をルシアン殿下に嫁がせるとは思えません。ルシアン殿下とご結婚なさりたいなら、そうなる前に手を打つべきでしょう」
「……」
セリーヌ様は無言でしたが、深く考えるようなお顔をなさいました。
「廃太子だと?!」
話の内容を理解できないルシアン殿下が『廃太子』という単語だけを拾って眉を吊り上げました。
「フェリシア、不敬だぞ!」
「最悪の事態が起こるかもしれないという可能性のお話をしているのです」
「王家に逆らうのか! 王家に逆らったらどうなるか……解っているだろな?」
「はい。我が国の歴史は存じております。貴族の反乱で王家がどうなったか歴史から学んでおります」
「また小難しい話で私を煙に巻いて逃げるつもりか」
「……」
私の話ってそんなに小難しいでしょうか。
少し自信を失ってしまいます。
いくら説明しても理解されないという状況は、王妃教育を受けた三年間に経験済みではあります。
私の両親は、私がいくら説明しても、私の言葉を信じずに王妃様を信じていましたから。
(ルシアン殿下も王妃様を信じているから、私の言葉が届かないのかしら)
「ルシアン殿下……」
今まで静かに控えていたユベール様が口を開きました。
「カフェで、王権を振り回すのはいかがなものかと」




